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足りないのはチェック・アンド・バランスだ(創発を生むミーム 2017/07/01号)
 創発を生むミーム 2017/07/01号の「足りないのはチェック・アンド・バランスだ」の全文記事です。
 
2017/07/01号
足りないのはチェック・アンド・バランスだ

 以前の記事に何度か、税金が社会還元されるように、権力も社会還元が必要だと主張しました。当時はうまく言葉に表せなかったので比喩に頼りましたが、この記事から言葉を変えることにしました。

 権力を社会還元するとは、権力を分散させて、チェック・アンド・バランスを図ることです。

 現在の政治の課題は、安部一強と説明される行政府の独走にチェック・アンド・バランスをかけることではないでしょうか。

 安部政権下で行政府の力は高まっています。国会では自民党が多数派であり、その党内でも金と人事権を握る首相の力は揺るぎません。集団自衛権の行使も、首相である安倍首相の一存で行使できるように法律が変わりました。特定秘密保護法による秘密指定も濫用の調査もその秘密を扱う官庁自身によって行われます。行政府がなにをしているのか、外から監視しづらくなりました。

 国会による首相や行政府へのチェックのために、国会証人喚問のハードルを下げることが挙げられます。現在は、証人喚問は国会の全会一致が原則であり、衆議院で数例、過半数の賛成による証人喚問があるだけです。与党が衆議院でも参議院でも過半数を占めているため、喚問が困難です。そのため、行政府の不正を国会が追及することができません。

 これを3分の1の賛成にまで引き下げるのはどうでしょうか。政権党とそれに同調する野党で両院の3分の1を占める現在でも、招致は難しいですが、ハードルは下がります。一方、この新ルールを国会による行政府や司法府の不正の追求のために限定すれば、ハードルを下げても、濫用をされて国会が混乱するほどではないでしょう(行政府と司法府が対象なのは三権分立だからです)。

 また、司法府による行政府や立法府へのチェック・アンド・バランスの強化として、最高裁判所に抽象的違憲審査制を認めるのはどうでしょうか。

 法律や政府の行動が憲法に違反していないのかを審査することを違憲立法審査権と呼び、最高裁判所にだけ認められます。日本の場合、具体的な事件があって、裁判で違憲かどうかが争られた時に限って、最高裁が判断を下します。付随的違憲審査制と呼びます。そのため、政府が集団的自衛権を認めても、違憲かどうかは最高裁はただちに判断を下せません。実際に、集団的自衛権によって自衛隊が派遣された時に、「これは違憲ではないか」と訴えがあって、最高裁が違憲かどうかを判断することになります。

 一方、具体的な事件がなくても、最高裁が違憲の判断をできるのを抽象的違憲審査制と呼びます。こちらは、自衛隊が派遣されなくても、立法された段階で違憲の訴えを起こすことができます。

 また、アメリカには、政治的に敏感な事件を扱う特別検察官の制度があります。司法長官の要請によって、政府外の弁護士が就任します。日常の業務において、監督されることがありません。現在、トランプ大統領の司法妨害の罪について、特別検察官が捜査中です。ただし、捜査対象となるのは司法違反であって、日本の森友加計問題のように、行政が歪められたという疑惑だけでは、捜査対象になりません。

 なお、アメリカには行政府へのチェック・アンド・バランスとして独立検察官の制度もありました。ウォーターゲート事件で当時のニクソン大統領が捜査妨害をしたことから作られた制度です。政権の不正を捜査します。ただし、クリントン大統領の時代のホワイトウォーター疑惑において、本来の任務からかけ離れた捜査をしたため、行き過ぎだと廃止されました。

 ところで、抵抗勢力をやっつけるために強い権力が必要だという意見があります。抵抗勢力をやっつける強い権力のためには、権力の分散もチェック・アンド・バランスも不要なのでしょうか。

 チェック・アンド・バランスが働いて抵抗勢力をがやっつけられた例として、埋蔵金問題や事業仕分けが挙げられます。

 特別会計も一般会計と同様に国会で審査され承認されないといけません。ところが、埋蔵金問題が取り上げられるまで、チェックが素通りでした。政治家の怠慢です。

 税金のムダ使いを指摘する役所が会計検査院です。かつて会計検査院は自分たちの維持費と同じ程度のムダ使いしか指摘せず(数百億円程度)、怠慢が指摘されました。当の会計検査院は、ムダ使いを指摘されなかった他の官庁にも手本を示していると言い訳していました。ところが埋蔵金問題が出て政権交代してからから、1年間で1兆円を超えるムダ使いを指摘するようになりました。

 民主党政権下の2009年度には約1兆7904億円のムダ使いが指摘され、安倍政権下の2015年にも約1兆2189億円のムダ使いが指摘されました。

 民主党への政権交代は族議員や官僚をやっつけるために国民が権力を与えたものだから、権力の分散によるチェック・アンド・バランスと言われて、違和感を覚えるかもしれません。しかし、それまで密室で行われていたものを公開の席上で行い、民間人に仕分けさせたことは、権力の分散によるチェック・アンド・バランスと言えるでしょう。

 埋蔵金の規模を誤ったり、仕分け人に権限がなかったり(強い権力を与える、もしくは権力の分散といっても元々権力がなかったのです)、財務省の準備の下で仕分けがされたので、結局、財務省の思うつぼだっという批判がありました。しかし、チェック・アンド・バランスで抵抗勢力はやっつけられるでしょう。それは、チェック・アンド・バランスの対象が現政権だけでなく、族議員や官庁も含まれるからです(もちろん国民が政権交代させたのに、成果はそれだけかという批判もあるでしょう)。

 また、南スーダンに派遣された自衛隊を取り巻く状況を戦闘と書かれた自衛隊の日報や森友学園とのやりとりを記した財務省の書類などが、安易に廃棄されています。

 チェック・アンド・バランスのためにも、公文書の保存と国民への公開が必要です。また、公文書もスキャンして、ネットで公開するべきでしょう。

 ネットに公開することによって「国家のシロアリ」(福場ひとみ)のような調査ジャーナリズムによる政府の監視が期待できます。著者はネットで公開された政府の文書を読んで、復興予算が目的外に流用されていることに気付きました。

 また、公文書の保存と公開は、国会に付属する機関が行うべきでしょう。国会が行政府を監督するためです。公文書の保存と公開を行政府自身が行うのでは、自分に甘くなり、不正の隠蔽ができるでしょう。チェック・アンド・バランスができません。加計問題でも、文部科学省の文書調査は、政府の判断で実施するのかどうか、結果を公表するのかどうかが決められました。  

 また、アメリカの公文書館は保存期限を切れた文書を廃棄するかどうかにあたって、パブリックコメントの機会を設け、国民の声を反映させています。森友学園問題の財務省のように、公文書が国民に無断で廃棄はされません。

 日本にあって歴史的に重要な(一般の文書は法律で定められた期限だけ役所で保管されます)公文書の収集保存している国立公文書館は内閣府が主務官庁の独立行政法人であり、内閣府からチェックされる組織です。だから、国立公文書館を国会に付属させることで立法府による行政府へのチェック・アンド・バランスを図れるでしょう。ただし、国立公文書館には、一般の行政文書を収集する権利はないため、権限の強化が前提の話です。

 安倍一強に象徴されるような行政府の強化について、小選挙区制のせいであり、これは日本にあわず、中選挙区制に戻すべきという意見もあります。しかし、行政府の独走が問題なら、立法府や司法府に行政府をチェックさせることも、対策になるでしょう。

 森友加計問題では、忖度が焦点になっています。強力な権力者の意向に反すれば、自分に不利になってしまいす。そんな状況では忖度も起こるでしょう。しかし、権力が分散され、チェック・アンド・バランスが働くなら、権力者が意のままに権力をふるった時だけでなく、忖度して便宜を図った自分が裁かれしまう。そんな緊張感があるなら、忖度も起こらないのではないでしょうか。
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