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これからのリベラル派(創発を生むミーム 2017/01/04号)
 創発を生むミーム 2017/01/04号の「これからのリベラル派」の全文記事です。
 
2017/01/04号
これからのリベラル派

 これからのリベラル派はどうすべきか。それを考えるには、その蹉跌(さてつ)の歴史を知らなければいけません。リベラル派の蹉跌は55年体制に始まります。

 この時代、ある意味、日本は安定した社会でした。安全保障の面では、米ソが対立した冷戦時代、対米追従の見返りにアメリカから援助を引き出しました。アメリカも同盟国が旧ソ連陣営に走っては困るから、同盟国に無理な要求をできませんでした。また、経済面では高度経済成長期であり、欧米の商品をロールモデルにして、それより少し品質の良い商品を努力して(定型化されたルーチンワークを熱心にくり返して)作っていれば、売れました。新商品の開発やそのためのマーケティングもデザインも考えなくてよい時代でした。

 指針は欧米が示してくれるから、考えなくてよい時代でした。(日本の政治経済にまったく戦略がなかったわけではありませんが)、定型化されたルーチンワークを熱心にくり返せば、なんとかなった時代だったのです。

 この時代にリベラル派がしたことは、自民党の改憲阻止です。リベラル派なのに不思議に思われるかもしれませんが、いうなれば、戦後体制の安定です。その背景には自民党の逆コース(戦前回帰)があるでしょう

 リベラル派の選挙戦略は、スローガンと組織票に頼ることでした。無党派層に憲法改正反対のスローガンを訴えながら、組織票を固めることでした。日本の将来をめぐって、与党と政策を戦わせるものではありませんでした。

 ところが、日米貿易摩擦の時代に移ります。冷戦も終わります。アメリカは同盟国だからともう手加減してくれません。手加減するには日本は大きくなりすぎました。また、バブルもはじけ、あれだけ世界を席巻した日本の商売もうまくいかなくなります。デフレ不況も続きます。失われた20年間です。

 国民は改革を求めています。安全保障と経済の面で。このふたつの立て直しが国民から求められす。ところが、リベラル派はそれに応えることができませんでした。それがリベラル派が日本で衰退した理由でしょう。

 リベラル派からの改革は以下の要件を満たさなれけばなりません。

 国民が自由に生き、理想を追求できる社会を目指すこと。別の表現をするなら、他人と違ってもしんどくない社会です。そうでなければ、リベラル派のアイデンティティーを失います。安全保障面からも経済面からも国民の幸福追求権を守らなければいけません。

 国の平和が守られなければ、国民は幸福に暮らせません。

 例えば、かつての自衛隊は力の空白を作らないことを目的としてました。力の空白とは、ある領域の軍事力が消失することです。

 普通、軍隊というと敵をやっつけるものです。どうして、こんな消極的なことが安全保障になるのでしょうか。強制力を持つ警察や裁判所がない国際社会では、力に物を言わせて、領土を奪うことがあります。韓国による竹島の占領だったり(韓国が竹島に軍隊を派遣した当時、自衛隊はなく保安隊でした)、中国による南沙諸島の占領(戦前は日本領ですが、ポツダム宣言の受託によって無主の土地となりました)です。これは倫理的に問題があるから起こる問題ではありません。シリアでは、ISILから奪還した領土をクルド人たちが自治領にすると宣言しました。単純に、戦国時代のように力で決まってしまうからです。そこで、日本のかつての方針は、日本の国土に自衛隊を置き、外国が占領する誘惑にかられないようにすることでした。

 逆に言えば、「日本が普通の国になる」とは、先ほど挙げた外国の例のように武力で問題を解決することになることです。国益のために武力行使するようになれば、戦後日本が平和国家として培ってきた国際社会における信用を損ねることになるでしょう。

「日本が攻めこまれた時はどうする、戦争できる国にならなければ」という意見もあるでしょう。これは、個別的自衛権の範囲であり、安倍首相のように集団的自衛権を認める必要はありません。これまでの日本ができたことです。

 もちろん、戦力があれば抑止力になる、だから、憲法9条を改正して自衛隊の枷をはずそうという意見もあるでしょう。憲法9条によって、自衛隊は必要最小限の実力しかもてません。必要最小限度の戦力とは、その時々の国際情勢や軍事技術から判断されます。また、敵国土の破壊のためにのみ使われる弾道ミサイル・空母・長距離爆撃機などは保有できません。憲法9条を改正したら、無制限の戦力を持てます。ただし、この場合、軍拡競争を東アジアで招くでしょう。日本の倍以上の経済力を持つ中国との軍拡競争に日本の勝ち目はありません。

 それから、武力で解決するのが普通の国というのなら、武力紛争が世界で頻発しているはずです。そうならないのは、国際的な問題解決の仕組みがあるからです。まず、世界大戦を再び起こさないという使命を帯びた国連があります。それから、東南アジア諸国連合やアフリカ統一機構など、地域間で話し合いで問題を解決する仕組みが出来上がっているからです(強制力がないため、万能というわけではありません)。話し合いで解決する仕組みがない東アジアの方が珍しいのです。

 安倍政権は、アメリカに日本を守ってもらうためにと、アメリカに軍事貢献をするために解釈改憲をしました。しかし、イラク戦争やアフガニスタン戦争など、アメリカが進んで世界に戦争を巻き起こしていることには、ほおかむりです。日本がアメリカに軍事貢献するとは、これらアメリカの戦争に日本が参加することです。

 しかし、主権を守るためのを除いて、国益のための武力行使をしない軍事力もあるのではないでしょうか。つまり、拒否権のための軍事力です。拒否権とは政治学の用語で権力によって強制されないことです。政治学では、権力とは相手の意に反することを強制することとされます。また、戦争とは、外交の延長であり、相手にわが意を強制することと定義されています。つまり、拒否権のための軍事力とは、外国から強制されないための軍事力です。なお、拒否権は軍事学では拒否抵抗とよばれます。

 また、憲法9条は、日本の自立を妨げる自虐的なものという意見もあります。しかし、日本にわが意を強制しようという外国の意思をくじくものなのだから、自立を妨げはしないでしょう。

 なお、拒否抵抗は軍事学における武力行使の一分類であり、安倍首相がよく口にする抑止力とは異なります。抑止力は、「(利益の係争があって:筆者注)費用と危険が期待する結果を上回ると敵対者に思わせることにより、自分の利益に反する行動を敵対者にとらせない」という意味です。一方、拒否抵抗は、「他国が武力攻撃を行った場合、あるいは政治目的達成のため威圧や恫喝を行った場合に、これを拒否し抵抗する機能」を指します。安倍政権が憲法解釈を変えるまで、自衛隊は拒否抵抗のための軍隊でした。この記事の拒否抵抗・抑止力の定義は「軍事学入門」(防衛大学校・防衛学研究会編)に拠っています。

 それから、中国が漁民に偽装した兵士を尖閣諸島に送ってくる、なのに防衛出動できないから、自衛隊法の改正が必要だという議論があります(そして、対策を明文化すると中国が裏をかこうとするから、政府にフリーハンドを渡すべきだと続きます)。しかし、これは自己解決できる議論です。中国のこの戦略は制限戦争の考え方です。制限戦争は冷戦時代に生まれた戦い方です。武力衝突がエスカレートすると核戦争になり、これでは共倒れだ。だから、限定した戦力で武力行使しようというのです。この場合なら、治安組織が出動する程度の武力行使にとどめようという考え方でしょう。だから、まっさきに出動するのは警察や海上保安庁になります。それで手におえなければ、自衛隊が治安出動することになります。なんのことはない、自衛隊が昔からできることです。裏をかかれるものでもありません。

 なお、リベラル派の一部は「自衛隊員は人殺し」という偏見があります。しかし、自衛隊は災害救出専門の装備を開発したり、演習を行っています。だから、人殺しというのはおかしいでしょう。ただ、「日本は戦争するのか」(半田滋)によれば、かつて航空自衛隊の幹部学校生選抜テストの2003年の論文テーマが「愛国心」だったことがあり、その時の主任試験官の一等空佐の所感に「ごく一部の受験生において、戦後のいわゆる自虐史観教育による影響から抜けきれず、その考え方を是とした者がいたのは極めて残念であった」とあったことがありました。自虐史観という右派の言葉を使って戦後の教育観を批判しているのだから、自衛隊のカルチャーがリベラルなわけではないでしょう。

 また、パイが縮小するデフレ不況下では、パイの奪い合いになり、他人を踏みつけにする者が得をする社会になりました。真面目に努力した者が報われる社会を目指すためには、経済成長が必要です。

 世論調査を見ると、選挙の時に国民が候補者を選ぶ理由に、大多数は経済を理由に選んでいます。国民は経済成長を望んでいます。

 安保法制や脱原発などの個々の政策で見ると、国民は安倍政権にノーと言っています。しかし、国民は経済政策に高い優先順位を付けており、自民党が選挙に勝っています。直接選挙では勝っているものが間接選挙では負けることをオストロゴルスキーのパラドックスと言います。リベラル派が自民党に勝つためには、経済政策でも自民党に勝てなければいけません。

 しかし、リベラル派の一部は、「経済成長なんてもう望めない」と経済成長策に反対です。その理由は、「日本経済は大きくなりすぎた」「経済成長を望んだからバブルが起きた、縮小均衡を望むべき」「経済成長を望むのは、(やましい商売をするのだから)日本人の好む美しい心情に反する」などが上げられます。

 しかし、2015年の一人当たりGDPで見ると日本はOECD加盟国(34カ国)の中で20位、世界全体でも24位と成長を望む余地があります。また、G7の中では最低です。例えば、世界5位のアメリカの一人当たりGDPは日本の1.7倍です。時間ばかりかけて、付加価値を生み出せていません。

 また、縮小均衡しようとすると、(目標値がどうあれ)経済がマイナス成長になるため、失業や派遣切りなどの問題が起きます。また、ネットの普及によって消費者の力がかつてないほど高まった現在、消費者を食い物にするような商売は、成立しがたくなっています。そして、商売を成功させることと、消費者の利益になることは相矛盾することではありません。例えば、ソフトバンクは楽天市場からシェアを奪うために、ヤフーショッピングの出店手数料を無料化しました。そのせいで、楽天市場より安価で消費者は買い物ができるケースがあります。

 もちろん、独占や不公正な競争や環境破壊や政界との癒着によって利益を得ることは規制されなければいけません。これらを認めると、消費者の利益にならないからです。しかし、テッセイ(7分間のうちに新幹線を掃除する会社)やプリウスというエコカーを世に送り出したトヨタなど、消費者の役に立って成長した企業はいくつも上げられます。シャープや三菱自動車のような問題のある企業も、かつては消費者から喜ばれた企業だったでしょう。

 先ほどのソフトバンクのように、他の企業を食うような商売はなくならないでしょう。しかし、それが消費者の利益になるのなら、それはけっこうなことではないでしょうか。

 リベラル派が経済成長を目指す点が合意できなければ、具体的な経済成長策で合意することもできないでしょう。

 なお、この場合の経済成長の目的は企業が利益を上げることではありません。例えば、企業は利益を上げるためにリストラをできます。しかし、世界不況の時のように日本中の企業がリストラに走ればどうなるでしょうか。実質賃金(物価の変動を調整した賃金。実際に物やサービスの購入に使えるお金)が下がり、失業率が上がります。その結果、消費は落ちこみ、景気は悪化します。個別の行動で見れば合理的なのに、全体で見ると不合理な行動を合成の誤謬と言います。企業の利益ではなく、実質賃金が上がることが目的です。なぜなら、そうすれば、個人消費が増え、それをあてこんで企業の投資が増え、結果、経済は好転し税収も増えるからです。

 実質賃金は安倍政権になってから4%程度落ちこんでおり、実質賃金を上げることは政治の課題です。野党が倒閣を狙うなら、国民の実質賃金を上げる政策が必要でしょう。また、金融緩和と財政出動によってデフレから脱却することも大切です。日本は需要よりも供給の方が大きいため、リストラ圧力がかかっているからです。これは賃金を低迷させます。

 デフレ脱却のための財政出動は、リベラル派からはばらまきという批判もあります。しかし、デフレは民間の設備投資や雇用の減少を招き、社会全体では需要の減少によって、景気の悪化を招きます。需要の減少を穴埋めするために政府が財政出動しなければいけません。もちろん、デフレ不況を克服したら、財政出動は止めなければいけません。デフレ脱却後も財政出動を続ければ、高インフレになって跳ね返ってくるからです。デフレにはデフレ対策、インフレにはインフレ対策を国民が選ばなければいけません。

 また、金持ち増税と低中所得者減税や社会保障の拡充によって格差を解消することも経済成長に必要です。消費が増えるからです。

 それから、信託された権力(権力とは相手の意に反することを強制させることです)や集められた税金を社会に還元されること。そして、権力や税金を私腹を肥やすために使った権力者を、国民が更迭できる政治体制であること。そうでなければ、不公平な社会になり、国が衰退します。「国家はなぜ衰退するのか」( ダロン・アセモグル ジェイムズ・A・ロビンソン 著)の中で、「包括的(この記事では社会還元と言葉をおきかえています)」「収奪的」という言葉で説明されています。

 公平な社会を目指すことは、政界と産業界の癒着をただすことでもあります。日本は、欧米のような個人の自由と権利を優先する資本主義国ではありません。政界と産業界が協力して産業を育ててきた開発志向国です。消費者の権利はおざなりにされました。癒着のない公平な社会を目指すには、個人が強くならなければいけません。

 リベラル派が政権の選択肢になれるほど復権するには、政権交代に見合うだけの政策が必要でしょう。国民の暮らしを守り豊かにするリベラル派の政策が必要です。もちろん、この記事に書いてあることを政治家がスローガンとして唱えても、民主党政権が国民の期待に応えられず信用を失ったように、後には失望が残されるでしょう。
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