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夢と消えたトリクルダウン(創発を生むミーム 2016/10/01号)
 創発を生むミーム 2016/10/01号の「夢と消えたトリクルダウン」の全文記事です。
 
2016/??/01号
夢と消えたトリクルダウン

 トリクルダウンという仮説があります(仮説とは科学用語で、こんなアイデアがあるが本当かどうかは確かめられていない、という意味です)。高所得層が富めば、そこから滴がしたたり落ちるように、低中所得層にお金が流れ落ちるという考えです。まだ、証明されたことはありません。しかし、このアイデアはアメリカを席巻して、レーガン大統領(当時)の経済政策となりました。また、日本にも入ってきて、小泉構造改革の時代に持てはやされました。トリクルダウンが働くから、勝ち組が富み負け組が衰えるのが良い、という意見です。

 一方、トリクルダウンは起こらないという意見もあります。スティグリッツ教授(ノーベル経済学賞受賞者です)はトリクルダウンが起こらない理由を次のように説明しています。

”下層から上層へ金を移動させれば、消費は落ち込む。なぜなら、低所得者より高所得者のほうが、所得に占める消費の割合が少ないからだ。

(中略)

 前述のとおりアメリカの上位1%の人々は、国民所得の約20%を稼ぎ出している。彼らの貯蓄率を20%、中下層の貯蓄率を0%と仮定し、国民所得の5%分を上層から中下層へ移転すれば(上層にはまだ15%分が残る)、総需要を”直接”1%押し 上げることができる。”

 しかし、どちらの意見も本当かどうか確かめられたわけではありません。こんなアイデアを持っています、というレベルなのです。

 そこで、トリクルダウンが起こるのかどうか検証するために、世帯収入別貯蓄率を調べてみました。高所得層ほど貯蓄率が低いのなら、所得が低中所得層から高所得層に移るほど、消費が増える、つまりトリクルダウンが起こることが分かります。逆に、低所得層ほど貯蓄率が低いのなら、トリクルダウンが起こらないことが分かります(個人収入ではなく世帯収入なのは、家計の実態により近いからです)。

 調査に利用した資料は「貯蓄率低下の背景-年齢・所得階層別の分析から-」(著 新堂 精士 )です。
→http://www.fujitsu.com/jp/group/fri/report/research/2005/report-244.html

 この資料では、世帯収入の区分に家計調査(総務省統計局)を利用しており、2003年のデータなら低所得者は世帯収入が445万円未満、中所得者は世帯収入が445万円以上950万円未満、高所得者は世帯収入が950万円以上を指します。

 なお、「taigaの挙げた資料には正解なんて書いていないじゃないか」というひとのために、先に書いておきます。この資料には正解は書かれていません。仮説(トリクルダウンが成り立つなら高所得層の貯蓄率はほかの階層より低いはずだ)を検証するためにデータを利用しているだけです。誰かが書いた正解を探すのが科学ではありません。日本では明治時代以来、欧米の科学研究を翻訳紹介して西洋文明を摂取することが重要な仕事だったため、(すでに欧米で研究済みだから)それを調べて翻訳することが科学だと誤解をされているのです。科学とは、仮説を立て、検証して仮説が成り立つのかどうか調べることです。欧米でも研究例がないのなら、自分で調べるしかありません。グーグル検索しても正解は出てきません。

 そんな過程なんてムダだ、正解だけが欲しいというひとは、次の段落の最初だけを読んでください。私の提示した正解が書いてあります。ただ、「その正解がどうして成り立つの?」と疑問の方のために、その正解にいたった根拠も後の段落に書いてあります。目を通すことをお勧めします。権威の授けてくれた正解をありがたがるひとには不遜に思える疑問ですが、正解を深く理解するためには欠かせません。

 結論から述べれば、トリクルダウンは起こりません。低中所得層より高所得層の方が貯蓄率が高いからです。

 低所得層の貯蓄率は2003年で約13%です。また、1990年から2003年までの調査期間中、常に貯蓄率は最下位でした。

 中所得層の貯蓄率は2003年で約25%です。また、1990年から2003年までの調査期間中、常に貯蓄率は中位でした。

 高所得層の貯蓄率は2003年で約30%です。また、1990年から2003年までの調査期間中、常に貯蓄率は最上位でした。

 厳密には特定年齢世帯の特定期間に限れば、順位が入れかわるケースもあります。しかし、全年齢の平均で見れば、調査期間のいつの年でも、順位の変動はありません。

 それから、1998年に所得税と住民税の最高税率が、合計50%に減税されました。それまでは65%でした。そして、高所得層の貯蓄率は変化は微増でした。税金が減ったからといって、貯蓄率が減り、その分のお金が消費に回る、ということはないようです。

 外国ではどうかまでは調べていませんが(これがトマ・ピケティなら過去300年のデータを20以上の国から集めて結論付けるところです。ここまでくれば普遍的な法則だとよべるのですが、私にはそこまでリサーチ力がありません)、このように、日本ではトリクルダウンは起こらないのです。2014年の総選挙の時、甘利経済産業大臣(当時)は何度もトリクルダウンが起こると発言しましたが、誤まりであることが分かりました(ただし安倍首相は選挙後にトリクルダウンは我々の政策とは違うと発言しました。また安倍政権のブレーンであり小泉構造改革の時代にトリクルダウンの旗振り役だった竹中平蔵氏も「「滴り落ちてくるなんてないですよ。あり得ないですよ」」と今は発言を変えました)。トリクルダウンを起こそうとすると、逆に景気を悪化させます。

 高所得層より低中所得層の方が貯蓄率が低いのだから、高所得層への増税を原資に低中所得層を減税したり社会保障を増やせば、経済が成長する可能性があります。ただし、お金の分配は、一時給付金の形ならば、消費を増やす効果はあまり望めないでしょう。1999年の地域振興券は約6000億円の財政支出に対して、消費の刺激は約2000億円ほどだったからです。恒久減税であれば、可処分所得(税金を引いた後の所得)の増加が将来に渡って望めるため、一時給付金より、消費を刺激する効果があるからもしれません。

再分配というと、お金持ちからとって貧困層に配るウィン・ルーズ関係であり、中所得層には無関係と思われがちです。しかし、トリクルアップ(貧困層に分配することによって下から上へ消費が滴り上がること)であれば、社会全体が利益を得られます。

 日本のジニ係数(格差の度合い)はOECD加盟国の平均より悪いです。日本社会のこの特徴は弱みであることが分かります。トリクルダウンは現実には起こらないからです。一億総中流社会という造語がありました。造語された当時はみんな等しく凡庸なんてと受け止められましたが、実際には強みだったのです。一方、勝ち組と負け組に分け、強い者が富栄えるとトリクルダウンが起こるから、社会のしくみを強い者に有利にしようという経済観は、現に強い者には良いが、社会全体で見ると、消費が減り経済成長を損なうでしょう。

 また、グローバル貿易によって国内の富が不均衡になっている問題への処方箋にもなります。日本だけに限らず、EUから離脱を決めたイギリスでも、トランプ旋風が起こったアメリカでも、グローバル貿易で富を築いた富裕層と、その恩恵にあずかれない労働者との対立が問題になっています。しかし、富裕層に増税され、低中所得層に所得移転されるなら、格差を緩和しながら、国内の消費市場を活性化できるでしょう(ただし、タックスヘイブンを用いた課税逃れが問題になるかもしれません)。

 ここで読者の注意を喚起したいことがあります。格差解消の大きな議論は日本では起きていないのに、高所得層への増税がすでに何度も実施されていることです。所得税の最高税率は40%から45%に引き上げられました(所得1800万円以上の場合)。地方自治体に支払う住民税と合わせると、最高税率は55%になります。また、高所得層の給与所得控除(控除とは所得のうち税金がかからない金額のことです)の上限が引き下げられ、1000万円以上の給与の場合、増税となります。相続税の増税もされ、最高税率が50%から55%に上がり(6億円以上の場合)、控除される金額も減額されました。

 そこで肝心なのは、高所得者に新たに課された税金は、低中所得層への減税や社会保障に回されなければなりません。そうでなければ、格差解消・経済成長の大義名分を果たせません。しかし、現実には、社会保障の充実を名分とした消費税増税が社会保障に回されなかったという事実があります。2014年の消費税の8.2兆円増税のうち、社会保障の拡充に回された金額が1.35兆円だったのです(他にも基礎年金の国庫支出に3兆円が使われていますが、これまでの財源からの置き換えです)。だから、高所得層への増税だけで満足してはいけません。ひょっとすると、高所得層が増税されたら、妬みの気持ちから拍手喝采するひともいるかもしれません。しかし、シロアリは、そんな気持ちを増税に利用するでしょう。
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