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マスゴミ退治(創発を生むミーム 2016/09/01号)
 創発を生むミーム 2016/09/01号の「マスゴミ退治」の全文記事です。
 
2016/09/01号
マスゴミ退治

 今年2月高市総務大臣(当時)がテレビ局の免許停止と停波を認める国会答弁をして、安倍首相もそれを肯定しました。自民党はマスコミへの介入を長年、続けており、政府がテレビ局に行政指導する、マスコミを呼んで抗議したり事情聴取をしたりしてきました。総務大臣の停波発言はその延長にあります。また、政治のマスコミへの介入は自民党単独のものでもありません。

 その背景には、国民のマスコミ不信があります。マスゴミとはマスコミへの蔑称です。マスコミが人権を侵したり、不当な報道ややらせをするから、そのように呼ばれるのです。

 2011年には、フジテレビが韓流ブームをねつ造しているという疑いを持たれました。関東ローカルに限って、韓流αといって韓流ドラマを平日昼の時間帯に数時間に渡って流す番組編成でした(すでに終了)。フジテレビの子会社は韓流音楽の権利を数多く持っており、韓流音楽が流行ると、フジテレビが儲かるビジネスモデルでした。一方、大阪では読売テレビが全国的な人気番組で司会者が韓流アルファを地上波でなくBSにすりかえる趣旨の発言をしており、ブームねつ造疑惑への火消しが疑われる番組内容でした。

 韓流αの放送について、コンテンツの代金が安いからだと経済的合理性を理由にフジテレビを擁護する意見もあります。しかし、それだけでは関東ローカルの全日帯で放送した理由を説明できません。経済的合理性というのは、ブームをあおって儲けることではないでしょうか。

 メディアにだまされないためにはどうすればよいのでしょうか。

 それなら、国がメディアを規制すべきという意見もあるでしょう。

 意外なことに、政府へのマスコミへの干渉は、世界的にも珍しいほど強力なものです。日本では、総務省が直接、テレビ局を管轄しています。国会図書館の調べでは、このような国は世界でも北朝鮮やベトナムぐらいです(どちらも独裁国家です)。日本は十分、国家がマスメディアに干渉する国なのです。

 国家によるマスメディアへの干渉といえば、戦前の日本がそうでした。大日本帝国憲法では、議会が法律を定めれば、言論の自由を制限できるとありました。また、実際にそのような法律が定められました。戦前戦中のマスコミが政府や軍部に協力的だったのはそのせいでもあるのです。

 高市総務大臣が停波の根拠としたのは、放送の公正さを求めた放送法第4条です。かつてこの条文は、倫理規定であって、罰則はありませんでした。罰則がない倫理規定の法律の例なら、憲法にある労働の義務、憲法尊重擁護義務、が挙げられます。なぜ、倫理規定なのかというと、罰則を設けて強制すれば、報道の自由を侵すからです。自民党もかつてはそのような解釈でした。現在は、放送法4条1項を根拠に放送事業者への行政指導を行うようになりました。

 ちなみに、なぜ倫理規定だったかというと憲法で保障された言論の自由を侵さないためでした。

 さて、マスゴミ退治のために、国家権力を強化すれば、それは戦前のように国家がマスメディアに干渉する国になってしまうことが分かりました。それなら、国民はどうやってマスメディアの不当な報道に立ち向かえば良いのでしょうか。現在、国民がマスメディアに立ち向かえる手段として、インターネットがあります。

 インターネットによって、個人は自分の関心にある問題を広く国民に知ってもらうことが、現実的になりました。例えば、2011年のフジテレビデモでは、フジテレビは自局でデモを放送もしないのに、局内からデモを撮影している様子が写真に撮られ、その写真がネットで配信されました。マスメディアが報道手段を独占していた一昔前には考えられなかったことです。

 それなら、このような国民の権力を強化すればよいのではないでしょうか。例えば、マスコミの報道からの引用を広く認めるのはどうでしょうか。

 ネットにおけるよくある情報の流れは、メディアが報道した内容がネットで取り上げられ、ネット上で拡散していくというものです。このようなネット上の拡散のためには、報道内容の引用が必要です。また実際問題として、(良い内容にしろ悪い内容にせよ)報道内容を他人に知っててもらうためには、引用が欠かせません。原発事故、TPP、フジテレビデモなどで偏った報道やほとんど報道に取上げられないことを、ネットで知ったという人も少なからずいるでしょう(ただし、私は自分の体験で説明しています。一般メディアが編集によって幅広い層をとりあげて報道されているのに対して、ネットの情報の入手は自分の好みにあうものに偏りがちなので、大多数に当てはまるのかは分かりません)。

 しかし、著作権法上、著作権の侵害をせずに引用をするためには、いくつかの条件を満たさなければいけません。そのひとつが、引用が従であり、本文が主であることです。例えば、報道番組の内容を動画サイトにアップロードして、それにひとつふたつコメントをつけても、それは引用が主であり本文が従であるため、著作権の侵害になります。

 そこで、引用が主、本文が従でも著作権を侵害しないと法律を改正するのです。これなら、個人によるメディア監視が容易になります。それが無制限な引用につながるから問題なら、引用の例外規定にして、非商用に限ってとか、番組の放送時間や紙面の5分の1以下に限ってとか、制限を満たせば、引用が主でも認められることにすれば良いでしょう。(現在の法律では引用の条件をすべて満たせば、商用でもよく、また、分量に制限はありません。引用のための他の条件は、出典が明記されること、引用部分が明示されること、報道・批評・研究など正当な目的があることなどです)。

また、国連も日本政府のメディア統制を懸念しています。国連から勧告があり、国がメディア統制の法的根拠にしている放送法第4条の廃止を提案しています。同じ勧告の中で、ネットは自由が守られているとあります。しかし、これは政府がネットの自由を擁護しているからではないでしょう。単純にネットにまで、まだ政府の統制が回っていないのでしょう。リアルとネットの境界線では、リアルのメディアの報道内容がネットにアップロードされ、SNSを通じて拡散しています。そして、リアルの人々のクチコミが生まれています。

 著作権法の強化を図るなら、このような情報の流れを窒息させないことは、国民の利益にかなうでしょう。例えば、TPPでは著作権が非親告罪化されます。著作権者の許可を取らずにコンテンツをネットで配信すれば、警察が問答無用で摘発できるようになります。司法がネットの情報の流れを窒息させるでしょう。ただし、日本のTPP法案では、原則親告罪、海賊版に限って非親告罪なので、今のところ、その懸念は薄いでしょう。

 マスゴミ退治を政府に求める国民の動きは、マスコミ憎しが原動力です。憎しで動いて、かえって国を損なった例としては、刑事裁判とその報道においての、容疑者へのバッシングが挙げられます。00年代のころです。その背景に、容疑者が保護されるほど被害者が保護されないという問題がありました。例えば、強姦事件で被害者が法廷の場で証言しなければいけないのに、容疑者に保護を与えないといけないのはどういうことだという意見です(現在は被害者の周りに衝立を立てて、容疑者と顔を合わせないようにしたりします)。このバッシングは容疑者へ重罰を与えるという流れになりました。容疑者への保護を減らせば、見かけ上、被害者への保護と釣り合います。しかし、これでは被害者への保護そのものはおざなりにされます。一方、刑事裁判において重罰化の流れが加速され、刑務所が一杯になり、更生教育に支障をきたすという問題が起こりました。

 マスコミ批判も、その手段が政府へのマスメディアへの介入となれば、国を損なうでしょう。それよりは、国民にもっと権力を与えるべきでしょう。
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