RSS | ATOM | SEARCH
原子力発電所の全廃はマニフェストで
  今年初め、ぼくはノーモア・フクシマを呼びかけました。言い出した人間として、訴えたいことは、原子力発電所の全廃とその手順は、マニフェストによって選ぼうということです。

 マニフェストによって選ぶことは民意にかないます。民主主義の手続きが守られるからです。このマニフェストは、選挙期間中に報道にさらされ国民から吟味されるだけでなく、政権樹立後も、作業の進捗状況が国民に報告されるものでなければなりません。国民は事前の前評判から政権を選びたいだけでなく、事後の報告も受けたいのです。

 それでは、そんな国民の要望を満たすマニフェストはどのような品質なのでしょうか。それは、原子力発電所の全廃スケジュールが明記され、また、スケジュール期間中の代替電力や電力料金に転嫁される費用も明記されていなければいけません。

 原子力発電所を全廃させるマニフェストの実行は、原子炉の解体まで含めると半世紀近くになるでしょう。そうすると、事前に計画立てられていなければいけません。これは夏休みの宿題と同じです。事前に計画立てにスケジュールを消化しなければ、夏休みの最後の日に間に合わず、新学期の登校日に「できませんでした」と報告することになるのです。

 また、このように長期に渡るスケジュールを計画立ててまとめなければならないと主張すると、決まって「それは膨大な量の資料をまとめなければならず」とか「間違いがあってはならないから、大変な作業量が必要で」と、計画立てできなかった時の言い訳を用意する人間が出てくるでしょう。長期の計画を立て、その計画に沿ってスケジュールの消化を間違いなく実施するために、計画品質を保とうとすることが著しく困難なのは、簡単に説明できます。誰も将来のことは分からないからです。

 それでは、わたしたちが将来が分からない中、長期に渡る計画を立てるためには、どうすればいいのでしょうか。わたしたちが大切にしたことを、その計画に盛りこめばいいのです。わたしたちは、昨年の震災以来、原子力事故や電力の供給不足の心配しながらすごしてきました。そんな暮らしの中、わたしたちが守りたいと思ったものが盛りこまれたマニフェストを選びましょう。そのマニフェストを掲げた政党が政権を樹立して何年か経って、計画が行き詰っても、計画が立てられた当初の守りたかったものを思い返せば、迷いも晴れます。そうすれば、途も開かれます。わたしは、マニフェストによって原子力発電所の全廃を選ぶことができます。

  ところで、電力需要計画の見積もりを立てるためには、資料が必要です。これについては、公刊資料にある原子力発電の発電コストが立命館大学の大島堅一教授の研究によれば実際より過小に見積もられていること、電力会社が経済産業省に報告していた電力供給量には夜間電力を蓄えて昼間に供給する揚水発電の能力が省かれているなど、公刊資料の質に疑問符がついています。こんな間違った資料を元に計画を立てることができるのか、危ぶむひともいるかと思います。

 国会議員には国政調査権があるのですから、官僚や電力会社が資料を出ししぶりするようなら、国会議員が徹底的に追及しなければいけません。国会議員は国政に責任をおわなければいけません。
author:taiga, category:ノーモア・フクシマ, 09:48
comments(0), trackbacks(0), pookmark