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日本国憲法改正は合憲です
  日本国憲法改正は合憲です。大日本帝国憲法の改正条項は第七章補則73条に定められています。


大日本帝国憲法



第73条 将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ

 此ノ場合ニ於テ両議院ハ各々其ノ総員3分ノ2以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員3分ノ2以上ノ多数ヲ得ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ為スコトヲ得ス

 現行憲法は勅令によって審議が図られました。

6月21日の国会開院と憲法改正の勅書提出


 貴族院の多数によって可決されました。

10月7日の貴族院可決 三分のニ以上の賛成によって可決され、三読会も通っています。






 衆議院の多数によって可決されました。 反対者は5名です。

10月7日の憲法成立を報じる翌日の朝日新聞一面


 よって日本国憲法改正は合憲です。
author:taiga, category:1940年代の日本, 23:29
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山下奉文大将の絞首刑
  1946年、旧陸軍の山下奉文大将の絞首刑が執行されました。連合国司令官マッカーサー元帥の命令です。






author:taiga, category:1940年代の日本, 03:44
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1946年の日本教員組合







 日本教育組合の悪評の一つは、メーデーの日に教員が休校して、メーデーに参加することです。1946年の朝日新聞の記事にも克明に記録されていました。記事中によると、東京都の学校がメーデー直前の4月29日の祭日を振替えの授業日にして、代わりにメーデーの5月1日を全校休校日にあて、教職員全員がメーデーに参加できるように図られたとのことです。この件についての東京都の見解は「社会の批判にまかせる」でした。

author:taiga, category:1940年代の日本, 03:44
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A級戦犯と公職追放令
 A級戦犯と公職追放令についてとりあげたいと思います。まず、当時の新聞記事からのキャプチャー画像です。






 アメリカによる大戦中の戦争指導者たちへの戦争責任追及と戦争遂行の協力者の公職追放令は、大日本帝国憲法における天皇主権を認めながら、日本人を戦争協力とそうでないかで色分けして分断を図るものです。  

  これを現在の国際社会のとりくみに位置付けると、DDR(武装解除・動員解除・社会復帰)やDIAG(非合法武装集団の解体)と呼ばれます。前者は紛争地帯の国軍の兵士の武装解除、後者は非合法武装集団の兵士の武装解除をさします。このDIAGのとりくみのひとつに、 「GOLIAG(非合法武装集団と繋がりのある政府関係者)の解体」とよばれる業務があります。   

   日本の外務省もアフガニスタン政府への援助として、DIAGに協力しています。内紛が続くアフガニスタンに平和をもたらすためです。アフガニスタン政府はDIAGによって次の成果を上げました。

 1,770名の地方司令官、武器所持者がDIAGを承諾 武器約35,000丁、弾薬・砲弾28,958箱、約31万個を回収

  GOLIAGとみられる72名に次のように対応しました。 19名 - DIAG承諾 16名 - 解雇(承諾拒否のため) 31名 - 現職のまま 2名 - 審議中 2名 - 死亡 1名 - 消息不明 1名 - 情報なし  

  主権国家同士の戦争と国内紛争とで違いがありますが、戦争犯罪の追及や公職追放令とDIAGはそっくりなものです。これはなにもアメリカのお家芸ではなく、欧米諸国が帝国主義の時代からノウハウを蓄えている植民地の統治方法、分断して統治せよなのです。もちろん、アメリカも独立戦争の時に、同じことをイギリスからやられました。歴史を紐解きます。

   マサチューセッツ司令官トマス・ゲイジは、ボストン茶会事件以後の混乱を鎮めるため、戒厳令を敷き、軍政に乗り出しました。そして、マサチューセッツの独立運動の中核、サミュエル・アダムズとジョン・ハンコックの二人を反乱罪で指名手配しました。そして、ほかの運動家には赦免を与えました。その上で、二人の引き渡しを要求しました。この要求は不調に終わり、レキシントンの地に潜伏中の二人の身柄を拘束するために、軍を送りました。こうして、独立戦争の最初の戦いとなるレキシントン・コンコードの戦いが始まります。

 ここでアフガニスタンのカルザイ大統領が演説中、B-2爆撃機が頭上を旋回中の動画をお見せしたかったのですが、再発掘できませんでした。代わりにB-2爆撃機が民家の上空を旋回中の動画を掲載します。

 わたしたちは、太平洋戦争の戦死者や戦争犯罪人、昭和天皇とのつながりを感じながら、あの戦争は間違っていて、その反省の上に現在の日本が築かれたことを理解することができます。
author:taiga, category:1940年代の日本, 03:44
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1940年代の日本
  民主主義のルールを執筆するために、現行憲法改正当時の朝日新聞の縮刷版に目を通しました。当時は物不足の時代で、インクの質も悪く、ページ数も少なく、半年分の縮刷版が現在の1ヵ月分の縮刷版にまとまるぐらいの分量でした。その時、目についた当時の記事をこのカテゴリーでとりあげます。


author:taiga, category:1940年代の日本, 03:43
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