RSS | ATOM | SEARCH
なぜ日本は原発を推進するのか(創発を生むミーム 2017/03/01号)
 創発を生むミーム 2017/03/01号の「??」の全文記事です。
 
2017/03/01号
なぜ日本は原発を推進するのか

 原発推進とはなんなのでしょうか。電力の安定供給でしょうか。しかし、原発が全く稼働しなくても電力は足りています。福島第一原発の原子力事故直後によく使われた節電という言葉も、最近ではめっきり聞かなくなりました。

 ベースロード電源のためでしょうか。ベースロード電源とは、季節や天候や昼夜を問わず、電力を安定して供給できる電源のことです。原発は安全に停止させるために数日かかるため、ベースロード電源にしか使い道がありません。こまめに切ったりつけたりできません。火力発電でベースロード電源をまかなってもかまいません。

 それでは電力資源の多様化でしょうか。しかし、風力や太陽光発電といった再生可能エネルギー」は商業化に手が届くところまで発達しました。資源の乏しい日本にこそ推進しなければならないものでしょう。ただし、再生可能エネルギーによる発電は不安定なため、現在の送電技術では高品質で大量に(大量にというのは送電量全体の2割から3割程度)送電し難いという欠点があります。

 また、ウラン資源の世界全体での可採年数(資源を消費し尽くす年数)は石油資源の倍程度あるため、「石油かウランか」の論点で比較すれば、原発にも石油と比較して利点があります。一方、天然ガスの可採年数はウランと8割程度、石炭ならウランを上回ります。資源エネルギー庁の2011年の発表によると、ウランの可採年数は100年、石油は42年、天然ガスは80年、石炭は122年です。

 また、「原子力か再生可能エネルギーか」で見た時も、やはり原子力にさほどの将来性はありません。現在の再生可能エネルギー発電のコストは、原子力発電や火力発電の数倍です。しかし、太陽光発電のメガソーラー発電コストは、2012年の1kWhあたり27円(政策経費を除く)ですが、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)は2020年に14円まで下げることを目標にしています。アメリカは(南部の日照量が日本より3,4割ほど多いこともあって)2014年に発電コストが1kWhあたり11セントになっており、すでにこのレベルに到達しており、日本の目標も現実離れしたものではありません。NEDOは2030年には太陽光発電の発電コストを1kWhあたり7円にすることを目標にしています。

 核オプションのためでしょうか。核オプションとは、核兵器は保有しないが、いつでも核兵器を開発できる体制を整えるということです。原発から回収されるプルトニウム239は1945年に長崎に投下された原爆と同じものの材料になります。外務省は長年、核オプションを捨てないでいました。しかし、国民に隠し事にされてきた核オプションに、(一基や二基ならともかく)日本中に原発を建設させる力はないでしょう。日本は2015年に47.9トンのプルトニウムを保有しています。これは長崎に投下された原発数千発分に匹敵します。これだけ核燃料があれば十分です。

 ただし、保守的な読売新聞の社説に、核燃料サイクルをやめると核抑止力がなくなるとあったことがあります。核燃料サイクルとは、核燃料のリサイクルです。天然に存在する核燃料のウラン235はいずれは尽きてしまうため、核のゴミから核燃料のプルトニウム239をリサイクルして取り出すことです。

 事故続きて運転が停止している高速増殖炉のもんじゅは、プルトニウム239を生産するために設計されました。

 政府はもんじゅの廃炉を決めましたが、後継となる高速炉の開発を進める方針です。高速炉はもんじゅ同様、冷却材にナトリウムを使います。ナトリウムは酸素と反応して爆発したり、大気中の水蒸気から酸素を奪って水素を発生させたり、危険な物質です。また、廃炉のさいに、ナトリウムを原子炉から取り出す技術がありません。そのため、もんじゅの廃炉も、ナトリウムを取り出す新技術の開発を進める方針ですが、まだめどは立っていません。廃炉の技術が開発できなければ、チェルノブイリのようにコンクリートの石棺に閉じ込めることになるかもしれません。

 また、原子力規制委員会は、高速炉はコストがかかり商業的に引き合わないと政府の方針を批判しています。

 それでは経済性でしょうか。福島第一原発の原子力事故の後、運転停止されていた原発の再稼働が決まると、大手電力会社の株価は上がりました。燃料費を節約できるからです。しかし、原発の総コスト(運転にかかる経費だけでなく、設備投資の費用も含む)は水力発電所より高いのです。そして、この総コストに事故の経費や廃炉の費用は含まれていません。また、政府は40年で運転終了した原発の廃炉の費用を、電力を送電する企業に転嫁して、送電網を利用する国民に負担させる方針です。

 東京電力の原子力事故の賠償金や除染を支援するために、国費が当初5兆円投入され、それだけは足りないからとさらに4兆円が積み増しされました。それでもまだ足りないから8兆円の支援が検討されています。この費用は大手電力会社を通じて、電力消費者が返済することになります。

 廃炉の費用も、当初の見積もりから大幅に増える見こみで、国費の投入も検討されています。東京電力は当初、廃炉の費用は年800億円と見積もり、2兆円を積み立てていましたが、それが経済産業省の試算では廃炉まで8兆円かかるとされています。

 6兆円も増えたこの試算は、1979年のアメリカのスリーマイル原発事故の廃炉の費用が1千億円だったから、その60倍はかかるだろうというどんぶり勘定です。技術的な段取りから試算されたものではありません。福島第一原発の1号機から3号機までの原子炉は、今も高い放射線量のため、ひとが長時間に渡って近づくことができません。2号機格納容器内は毎時650シーベルトの放射線量のため、ロボットも数時間で壊れます。このような状況のため、廃炉の費用がさらに上がることが予想されます。

 廃炉の費用を捻出するために、東京電力の送電料金の(定期的な)値下げを取りやめる方針です。新電力の利用者でも東京電力の送電網を利用するため、廃炉の費用を(値下げしないことで)負担することになります。

 そもそも東京電力は福島第一原発の廃炉に2兆円、賠償費用に5兆4千億円、除染に2兆5千億円、中間貯蔵(核のゴミの仮置き)に1兆1千億円を見こんでいましたが、予算の超過は確実視されています。経済産業省は賠償・除染・中間貯蔵・廃炉で合計21兆5千億円(廃炉8兆円、賠償7兆9千億円、除染4兆円、中間貯蔵1兆6千億円)に上ると試算しています。そのため、中間貯蔵には国費の投入が決定され、賠償の一部にも国費を投入することが検討されています。

 また、政府は福島第一原発の賠償の費用の一部を新電力に負担させる方針です。(現在でも毎年1630億円を大手電力会社の利用者が負担していますが)もちろん、(東京電力と関係なくても)国民の電気料金に転嫁されます。

 政府は「電力自由化以前に、原発のおかげで電気料金が安かった分の恩恵を国民が受けていたからだ」としています。政府のこの物言いは、「過去、原発の安全性を政府や大手電力会社が過信していたため、保険にかける費用が少なく見積もられ、原子力発電の料金が少なかった」ことが前提でなければいけません(もっとも、政府は誰も責任を取らないでしょうが)。

 (その説明もなかったのに)原発の安い電気料金を享受していた国民に、予見義務もなければ(国が安全だと説明していたのだから予見しようがありません)、結果回避義務もありません(電力会社は地域独占だったのだから、回避しようがありません)。予見義務・結果回避義務は民事訴訟において過失の有無を図る目安です。予見義務は危険を予測する義務。結果回避義務は予見された危険を避ける義務です。もちろん、国民だけでなく、原発を推進した政府や大手電力会社にもこれらの義務はあります。それなのに、政府や大手電力会社の過失(原発の危険性を見くびったこと)のしわ寄せが国民にくることになります。

 売買契約が成立した後に、業者側がコストを過小に見積もっていたからといって、後になってから費用を請求できる道理はありません。消費者に契約以上の義務はありません。

 東電救済のための目的税が課税されるようなものです。これは東京電力を倒産から救うための政策であり、ひいては、国策として原子力を推進してきた国の責任をうやむやにするためでもあります。廃炉の費用8兆円が計上されると債務超過に陥って東電は破たんします(銀行には内規があって、資産より債務が多い企業とは取引しません)。

 また、高レベル放射能廃棄物(核のゴミ。放射線を出す性質は物質にもよりますが10万年経たないとなくならない)の処理費用も原発を運営する大手電力会社が負担せず、送電会社が負担して、国民に送電料金として付けまわす法律が定められています。また、政府は稼働から40年以内で廃炉される一般の原発の廃炉の費用も送電会社を経由して国民に付けまわす方針です。

 また、福島第一原発の原子力事故以前、原発をつくるには一基3000億円と言われました。事故後、安全対策が見直され、フランスの原発メーカーのアレバの試算で1兆円に増えました。また、EU委員会での再試算では2兆2000億円とされました。イギリスの電力自由化の時にも原発を購入する民間会社はなかったので、原発が経済的ということはないでしょう。

 この記事では、日本が原発を推進する根拠を、大都市と地方の格差解消、大手電力会社の財政、政電複合体というキーワードで説明したいと思います。

 原発が大都市と地方の格差を解消してくれるのは、公共事業が大都市と地方の格差を解消してくれるのと同じことです。

 公共事業の誘致による利益誘導は、東京と地方の格差解消です。そう書くと、「政治家と土建屋と官僚が結託した利権でしょう」と言われそうです。

 地元選出の国会議員がキャリア官僚の便宜の下、中央の政府から分捕ってきた予算で公共事業を誘致して、地元の土建屋が仕事を請け負って潤い、土建屋がお金を出して業界団体を作り官僚の天下り先にして、また、土建屋が票や政治献金で政治家を支援するのが利権構造です。

 しかし、地方に流れる税金を払っている東京の納税者とその恩恵をこうむる地方の納税者の関係で見れば、東京と地方の格差解消に他なりません。東京のお金が地方に流れるからです。

 例えば、田中角栄が成立させた豪雪地帯対策特別措置法では、豪雪地帯に雪害対策の予算をつけることを認めています。東京都民の税金で豪雪地帯の道路に消雪設備を設けたりしたのです。「田中角栄伝説」(佐高信)によると、田中角栄は、岡山県なら川端康成の「雪国」はロマンだが、新潟県では、雪は冬の日常における闘いという趣旨の発言をしたことがあります。お金の流れの見方によっては、東京と地方の格差解消であり、あるいは、土建屋と政治家と官僚が結託した利権なのです。そして、田中角栄の選挙区といえば、日本有数の豪雪地帯である新潟県なのです。

 原発でも同じ構図があります。原発は地方の産業になります。田舎では「役所が一大産業」と言われるぐらいだから、原発は貴重な職場です。もちろん、政治家が誘致して官僚が便宜を図ります。また、電力需要地の都市から流れたお金が、固定資産税や核燃料税といった名目で、立地自治体に流れます。日本で最初に核燃料税を設けたのは新潟県です。柏崎刈羽原発原発から税を取り立てることを目論んだ地方税です。この税金は国会が定めた税金ではなく、新潟県議会が全国で最初に設けた条例が日本各地の原発立地自治体に広まったのです。そして、柏崎刈羽原発を誘致したのは田中角栄です。柏崎刈羽原発原発は田中角栄の地元選挙区にあります。

 さて、立地自治体にとって、原発推進が格差解消であることが分かりました。しかし、これは自治体にとってのメリットです。どうして、電力会社は原発を推進するのでしょうか。

 それは、高コストだからです。こんなことを書くと「企業の利潤追求に反するでしょう」と返ってきそうです。しかし、総括原価方式(原価を計算してそれに電力会社の儲けを上乗せして電気料金を決める制度)では、原価が高ければ高いほど電力会社は儲かります。原発は電力会社にとって、お金を生む打ち出の小槌なのです。給料や年金など人件費や広告費を含む経費の全額と資産の3%の合計から売電収入が計算され電力価格が認可されました。だから、原発を資産にすれば、その3%が売り上げにできました。

 それでは、なぜ総括原価方式などが認められたのでしょうか。電力の安定供給のためです。戦後間のなくの時期は日本中で電力が足りず、電力制限令(節電の強制)も何度も実施されました。電力会社が安心して発電所に投資するためには、総括原価方式が必要だったのです(世界を見ると、電力会社が故意に電力不足を作り、電気料金のつりあげを図るケースがあります。アメリカの例です)。

 大手電力会社は原発を再稼働させる方針です。燃料費が安いからです。燃料費だけでなく、設備投資まで計算すると高くつくのですが、原発を運転から40年で廃止させるルールに「例外」という理由をつくり、運転を延長させる方針です。

 40年の寿命が過ぎた原発を再稼働させる理由には、もっと簡潔なものがあります。原発を廃炉させると、大手電力会社は損失を計上しなければならず、資産の数割を失うからです。

 ジャーナリストの町田徹氏によると電力会社の関係者の中には「(延長して原発を)60年動かさせないのは、原子力で儲けるな、60年動かすのが当たり前だ」という声があるそうです。こんなのはポジショントーク(市場関係者が自分に都合よく流す発言)です。なぜなら、稼働後40年たった原発の延長を認めないと、大手電力会社が倒産して、関係者自身が責任を問われるからです。

 自治体や電力会社が原発を推進する理由は分かりました。それでは、どうして政治家が原発を推進するのでしょうか。それは政電複合体に他なりません。電力会社は、総括原価方式に組みこめるお金で様々な費用を賄うことができます。メディアに払う広告費は毎年億を超え、自治体への寄付も総括原価方式の計算に入ります。また、電力会社の役員が政治家に多額の寄付をしていることも分かっていますし、電力会社の労働組合も原発を推進についえを政治家に影響力を持っています。2016年の新潟知事選挙では、電力会社の労働組合を傘下に持つ連合は、野党候補ではなく、原発を推進する与党の候補者を支持しました。そして、連合を支持母体とする民進党は、再稼働に反対する野党共闘の候補を応援せず、自主投票を決めました。このような電力会社と政治家の結びつきがあるのです。

 政電複合体の原動力は、長年に渡って続けられた原子力政策の責任を(現在の自分たちが)取りたくないことです。

 例えば、連合の傘下にある東京電力の労働組合からすれば「廃炉の費用8兆円が計上されたら、債務超過に陥って東京電力が倒産する。失職したくない」でしょう。東京電力の経営陣からは「東京電力を倒産させた責任を取りたくない。退職金がなくなる」でしょう。経済産業省のキャリア官僚からすれば「東京電力を倒産させれば、自分が出世コースからはずれる」でしょう。原発推進派の政治家からすれば「票と金が逃げてしまう」でしょう。

 かつて原子力村は「原子力は夢のエネルギー」「原子力の平和利用で世界に貢献を」と旗を振りました。そのなれの果てが、この醜態なのです。今後、原子力事故の後始末のために、(代金を受けとる企業にとっては儲けですが)何十兆円が消耗されるのか分かりません。政府の方針では(法律を改正して)、経済産業省の一存で決められる省令で、国民に負担させる金額を決める方針です。国会で審議されることなく、原子力村の胸三寸で金額が決まるでしょう。

 原発推進派は、この記事で説明したような利益があるから、推進しているのです。

 しかし、原発推進派は安全性が見誤りました。田中角栄だって、原発が絶対安全だと信じているから、地元の選挙区に原発を誘致したのでしょう。福島第一原発の原子力事故で原発の危険性を原子力村が過小評価したことが明らかになりました。そして、福島県は県内の原発を全廃させる方針に転じました。

 また、原発の様々なコストが電力需要地の消費者や納税者に転嫁され、原発推進派が負担していないことも忘れてはいけません。原発の反対派は、単に原発の全廃を訴えるだけでなく、原発にかかわるコストを推進派に適切に負担させることによって、「やっぱり原発は割に合わない」と認識を改めさせることも大切でしょう。ただし、これは東京電力の倒産を含む経営責任・政策責任を原子力村に突きつけることになることを理解しなければいけません。

 国民の大多数は原発再稼働に反対ですが、国政選挙には反映されていません。このような原発を推進させる政治的経済的な原動力を理解することは、原発を再稼働させない政治活動にとって有意義なことでしょう。
■メルマガを購読する


アフィリエイト広告
author:taiga, category:メルマガ, 17:35
comments(0), trackbacks(0), pookmark
財政出動派と財政再建派は一致できる(創発を生むミーム 2017/02/01号)
 創発を生むミーム 2017/02/01号の「財政出動派と財政再建派は一致できる」の全文記事です。
 
2017/02/01号
財政出動派と財政再建派は一致できる

財政出動による経済成長と、プライマリーバランスの順守による財政再建は対立する考えです。しかし、「なぜ、そうするのか」を突きつめれば、根っこは同じです。つまり、経済成長です。財政出動なら分かります。政府が支出を増やせばそれだけ景気は良くなります。しかし、なぜ財政再建が経済成長なのでしょうか。それは、政府が国債を乱発して民間のお金を吸い上げると、市中金利が上がり、民間の投資需要を削いでしまうからです(クラウディングアウトと呼ばれます)。

             ←ーー経済を成長させる←ーー財政再建
              |              ↓ 
  国民の暮らしを豊かにする |             対立
               |              ↑               ←ーー経済を成長させる←ーー財政出動
 

 さて、財政出動も財政再建もどちらも経済を成長させることが目的であることが分かりました。どちらの支持者にとっても経済を成長させることは大切です。国民の暮らしを豊かにするためだからです。それでは、この対立をどうやって解決しましょうか。

 今、日本は政府が市中からお金を吸い上げるどころか、市中にお金を配っている状態です。黒田バズーカです(日銀は政府の子会社です)。国債金利もマイナスで、国債を発行すると、日銀がお金を受け取れる立場なのです。だから、今は、財政再建は不要なのです。

 現在の政治では、プライマリーバランスを守りながら、政府支出を増やすことが検討され、そして、制限されています。しかし、市場の反応を見る限り(国債金利に反映されます)、日本の財政不安に景気を悪化させる不安要素はなく、レーガン大統領時代のアメリカのように、クラウディングアウトが起こり、国内の投資需要を損なう恐れもありません。マイナス金利だからです。

 むしろ、銀行が不動産への融資をバブル期並みの緩和しているのに、借り手がいない状況です。需要不足なのだから、経済成長のために財政出動させる局面であることが分かります。

 また、政府が放漫な財政支出をすれば、国債が暴落して金利が上がり、金利の利払いができなくなるという批判もあります。しかし、日本の国債は固定金利(金利は発行時点のものから変動しない)であり、一挙に利払い額が増えるということはありません。例えば、現在は(国債にもいくつかの種類があるのですが)国債の一部はマイナス金利なので、国庫にお金が納付される状態です。

 また、国債が暴落する可能性を指摘する風評もあります。しかし、高値が付いている国債が暴落するかどうかは、今の相場がバブルかどうかによるでしょう。そして、日銀の異次元緩和という官製需要ですが、現に需要があるのでバブルの恐れはないでしょう。もちろん、デフレが脱却すれば日銀が買いこんだ国債を売りに出す可能性もあるでしょうが、相場が崩壊するような売却の仕方はしないでしょう。もちろん、現在もデフレは進行しており、国債の暴落を心配するなんて、天が落ちてくるのを心配するようなものです。

 ところで、現在のわたしたちのための放漫財政で、将来の世代に負債を残すことは問題だという主張があります。しかし、財政出動によって経済を成長させることは、将来の世代にとっても大切なことです。年金の受取額に影響するからです。

 政府の年金改正法案は、インフレ率1.3%、実質賃金成長率2,5%が100年続くことを基準に計算されました。この数字が非現実的かどうかはさておいて、日本の経済が成長することは、将来の世代のパイを増やすことでしょう。

 また、デフレ不況はもう20年も続いています。長期的な問題です。デフレ不況からの脱却は、将来の世代にとっても問題でしょう。

 ただし、プライマリーバランスの実現を棚上げすることは、政治問題になるでしょう。緊縮財政派は、過去、財政再建を名目に消費税を増税しまた。

 しかし、「消費税増税に反対するブログ」の記事(http://anti-tax-increase.hatenablog.com/entry/2016/04/16/003549 )によると 実際の税金の使い道を調べると、消費税の税収の86%は、法人税の減税に使われました。1989年から2015年度にかけて国民が払った消費税の累計は304.8兆円なのに対して、法人税の減税分は累計で262.2兆円に達します。

 だから、緊縮財政派は、消費税減税や財政拡大に反対するでしょう。財政緊縮派のすべてとは言いませんが、彼らが財界の利益のために財政再建を利用したことを認めたくないからでしょう。
■メルマガを購読する


アフィリエイト広告
author:taiga, category:メルマガ, 13:02
comments(0), trackbacks(0), pookmark
これからのリベラル派(創発を生むミーム 2017/01/04号)
 創発を生むミーム 2017/01/04号の「これからのリベラル派」の全文記事です。
 
2017/01/04号
これからのリベラル派

 これからのリベラル派はどうすべきか。それを考えるには、その蹉跌(さてつ)の歴史を知らなければいけません。リベラル派の蹉跌は55年体制に始まります。

 この時代、ある意味、日本は安定した社会でした。安全保障の面では、米ソが対立した冷戦時代、対米追従の見返りにアメリカから援助を引き出しました。アメリカも同盟国が旧ソ連陣営に走っては困るから、同盟国に無理な要求をできませんでした。また、経済面では高度経済成長期であり、欧米の商品をロールモデルにして、それより少し品質の良い商品を努力して(定型化されたルーチンワークを熱心にくり返して)作っていれば、売れました。新商品の開発やそのためのマーケティングもデザインも考えなくてよい時代でした。

 指針は欧米が示してくれるから、考えなくてよい時代でした。(日本の政治経済にまったく戦略がなかったわけではありませんが)、定型化されたルーチンワークを熱心にくり返せば、なんとかなった時代だったのです。

 この時代にリベラル派がしたことは、自民党の改憲阻止です。リベラル派なのに不思議に思われるかもしれませんが、いうなれば、戦後体制の安定です。その背景には自民党の逆コース(戦前回帰)があるでしょう

 リベラル派の選挙戦略は、スローガンと組織票に頼ることでした。無党派層に憲法改正反対のスローガンを訴えながら、組織票を固めることでした。日本の将来をめぐって、与党と政策を戦わせるものではありませんでした。

 ところが、日米貿易摩擦の時代に移ります。冷戦も終わります。アメリカは同盟国だからともう手加減してくれません。手加減するには日本は大きくなりすぎました。また、バブルもはじけ、あれだけ世界を席巻した日本の商売もうまくいかなくなります。デフレ不況も続きます。失われた20年間です。

 国民は改革を求めています。安全保障と経済の面で。このふたつの立て直しが国民から求められす。ところが、リベラル派はそれに応えることができませんでした。それがリベラル派が日本で衰退した理由でしょう。

 リベラル派からの改革は以下の要件を満たさなれけばなりません。

 国民が自由に生き、理想を追求できる社会を目指すこと。別の表現をするなら、他人と違ってもしんどくない社会です。そうでなければ、リベラル派のアイデンティティーを失います。安全保障面からも経済面からも国民の幸福追求権を守らなければいけません。

 国の平和が守られなければ、国民は幸福に暮らせません。

 例えば、かつての自衛隊は力の空白を作らないことを目的としてました。力の空白とは、ある領域の軍事力が消失することです。

 普通、軍隊というと敵をやっつけるものです。どうして、こんな消極的なことが安全保障になるのでしょうか。強制力を持つ警察や裁判所がない国際社会では、力に物を言わせて、領土を奪うことがあります。韓国による竹島の占領だったり(韓国が竹島に軍隊を派遣した当時、自衛隊はなく保安隊でした)、中国による南沙諸島の占領(戦前は日本領ですが、ポツダム宣言の受託によって無主の土地となりました)です。これは倫理的に問題があるから起こる問題ではありません。シリアでは、ISILから奪還した領土をクルド人たちが自治領にすると宣言しました。単純に、戦国時代のように力で決まってしまうからです。そこで、日本のかつての方針は、日本の国土に自衛隊を置き、外国が占領する誘惑にかられないようにすることでした。

 逆に言えば、「日本が普通の国になる」とは、先ほど挙げた外国の例のように武力で問題を解決することになることです。国益のために武力行使するようになれば、戦後日本が平和国家として培ってきた国際社会における信用を損ねることになるでしょう。

「日本が攻めこまれた時はどうする、戦争できる国にならなければ」という意見もあるでしょう。これは、個別的自衛権の範囲であり、安倍首相のように集団的自衛権を認める必要はありません。これまでの日本ができたことです。

 もちろん、戦力があれば抑止力になる、だから、憲法9条を改正して自衛隊の枷をはずそうという意見もあるでしょう。憲法9条によって、自衛隊は必要最小限の実力しかもてません。必要最小限度の戦力とは、その時々の国際情勢や軍事技術から判断されます。また、敵国土の破壊のためにのみ使われる弾道ミサイル・空母・長距離爆撃機などは保有できません。憲法9条を改正したら、無制限の戦力を持てます。ただし、この場合、軍拡競争を東アジアで招くでしょう。日本の倍以上の経済力を持つ中国との軍拡競争に日本の勝ち目はありません。

 それから、武力で解決するのが普通の国というのなら、武力紛争が世界で頻発しているはずです。そうならないのは、国際的な問題解決の仕組みがあるからです。まず、世界大戦を再び起こさないという使命を帯びた国連があります。それから、東南アジア諸国連合やアフリカ統一機構など、地域間で話し合いで問題を解決する仕組みが出来上がっているからです(強制力がないため、万能というわけではありません)。話し合いで解決する仕組みがない東アジアの方が珍しいのです。

 安倍政権は、アメリカに日本を守ってもらうためにと、アメリカに軍事貢献をするために解釈改憲をしました。しかし、イラク戦争やアフガニスタン戦争など、アメリカが進んで世界に戦争を巻き起こしていることには、ほおかむりです。日本がアメリカに軍事貢献するとは、これらアメリカの戦争に日本が参加することです。

 しかし、主権を守るためのを除いて、国益のための武力行使をしない軍事力もあるのではないでしょうか。つまり、拒否権のための軍事力です。拒否権とは政治学の用語で権力によって強制されないことです。政治学では、権力とは相手の意に反することを強制することとされます。また、戦争とは、外交の延長であり、相手にわが意を強制することと定義されています。つまり、拒否権のための軍事力とは、外国から強制されないための軍事力です。なお、拒否権は軍事学では拒否抵抗とよばれます。

 また、憲法9条は、日本の自立を妨げる自虐的なものという意見もあります。しかし、日本にわが意を強制しようという外国の意思をくじくものなのだから、自立を妨げはしないでしょう。

 なお、拒否抵抗は軍事学における武力行使の一分類であり、安倍首相がよく口にする抑止力とは異なります。抑止力は、「(利益の係争があって:筆者注)費用と危険が期待する結果を上回ると敵対者に思わせることにより、自分の利益に反する行動を敵対者にとらせない」という意味です。一方、拒否抵抗は、「他国が武力攻撃を行った場合、あるいは政治目的達成のため威圧や恫喝を行った場合に、これを拒否し抵抗する機能」を指します。安倍政権が憲法解釈を変えるまで、自衛隊は拒否抵抗のための軍隊でした。この記事の拒否抵抗・抑止力の定義は「軍事学入門」(防衛大学校・防衛学研究会編)に拠っています。

 それから、中国が漁民に偽装した兵士を尖閣諸島に送ってくる、なのに防衛出動できないから、自衛隊法の改正が必要だという議論があります(そして、対策を明文化すると中国が裏をかこうとするから、政府にフリーハンドを渡すべきだと続きます)。しかし、これは自己解決できる議論です。中国のこの戦略は制限戦争の考え方です。制限戦争は冷戦時代に生まれた戦い方です。武力衝突がエスカレートすると核戦争になり、これでは共倒れだ。だから、限定した戦力で武力行使しようというのです。この場合なら、治安組織が出動する程度の武力行使にとどめようという考え方でしょう。だから、まっさきに出動するのは警察や海上保安庁になります。それで手におえなければ、自衛隊が治安出動することになります。なんのことはない、自衛隊が昔からできることです。裏をかかれるものでもありません。

 なお、リベラル派の一部は「自衛隊員は人殺し」という偏見があります。しかし、自衛隊は災害救出専門の装備を開発したり、演習を行っています。だから、人殺しというのはおかしいでしょう。ただ、「日本は戦争するのか」(半田滋)によれば、かつて航空自衛隊の幹部学校生選抜テストの2003年の論文テーマが「愛国心」だったことがあり、その時の主任試験官の一等空佐の所感に「ごく一部の受験生において、戦後のいわゆる自虐史観教育による影響から抜けきれず、その考え方を是とした者がいたのは極めて残念であった」とあったことがありました。自虐史観という右派の言葉を使って戦後の教育観を批判しているのだから、自衛隊のカルチャーがリベラルなわけではないでしょう。

 また、パイが縮小するデフレ不況下では、パイの奪い合いになり、他人を踏みつけにする者が得をする社会になりました。真面目に努力した者が報われる社会を目指すためには、経済成長が必要です。

 世論調査を見ると、選挙の時に国民が候補者を選ぶ理由に、大多数は経済を理由に選んでいます。国民は経済成長を望んでいます。

 安保法制や脱原発などの個々の政策で見ると、国民は安倍政権にノーと言っています。しかし、国民は経済政策に高い優先順位を付けており、自民党が選挙に勝っています。直接選挙では勝っているものが間接選挙では負けることをオストロゴルスキーのパラドックスと言います。リベラル派が自民党に勝つためには、経済政策でも自民党に勝てなければいけません。

 しかし、リベラル派の一部は、「経済成長なんてもう望めない」と経済成長策に反対です。その理由は、「日本経済は大きくなりすぎた」「経済成長を望んだからバブルが起きた、縮小均衡を望むべき」「経済成長を望むのは、(やましい商売をするのだから)日本人の好む美しい心情に反する」などが上げられます。

 しかし、2015年の一人当たりGDPで見ると日本はOECD加盟国(34カ国)の中で20位、世界全体でも24位と成長を望む余地があります。また、G7の中では最低です。例えば、世界5位のアメリカの一人当たりGDPは日本の1.7倍です。時間ばかりかけて、付加価値を生み出せていません。

 また、縮小均衡しようとすると、(目標値がどうあれ)経済がマイナス成長になるため、失業や派遣切りなどの問題が起きます。また、ネットの普及によって消費者の力がかつてないほど高まった現在、消費者を食い物にするような商売は、成立しがたくなっています。そして、商売を成功させることと、消費者の利益になることは相矛盾することではありません。例えば、ソフトバンクは楽天市場からシェアを奪うために、ヤフーショッピングの出店手数料を無料化しました。そのせいで、楽天市場より安価で消費者は買い物ができるケースがあります。

 もちろん、独占や不公正な競争や環境破壊や政界との癒着によって利益を得ることは規制されなければいけません。これらを認めると、消費者の利益にならないからです。しかし、テッセイ(7分間のうちに新幹線を掃除する会社)やプリウスというエコカーを世に送り出したトヨタなど、消費者の役に立って成長した企業はいくつも上げられます。シャープや三菱自動車のような問題のある企業も、かつては消費者から喜ばれた企業だったでしょう。

 先ほどのソフトバンクのように、他の企業を食うような商売はなくならないでしょう。しかし、それが消費者の利益になるのなら、それはけっこうなことではないでしょうか。

 リベラル派が経済成長を目指す点が合意できなければ、具体的な経済成長策で合意することもできないでしょう。

 なお、この場合の経済成長の目的は企業が利益を上げることではありません。例えば、企業は利益を上げるためにリストラをできます。しかし、世界不況の時のように日本中の企業がリストラに走ればどうなるでしょうか。実質賃金(物価の変動を調整した賃金。実際に物やサービスの購入に使えるお金)が下がり、失業率が上がります。その結果、消費は落ちこみ、景気は悪化します。個別の行動で見れば合理的なのに、全体で見ると不合理な行動を合成の誤謬と言います。企業の利益ではなく、実質賃金が上がることが目的です。なぜなら、そうすれば、個人消費が増え、それをあてこんで企業の投資が増え、結果、経済は好転し税収も増えるからです。

 実質賃金は安倍政権になってから4%程度落ちこんでおり、実質賃金を上げることは政治の課題です。野党が倒閣を狙うなら、国民の実質賃金を上げる政策が必要でしょう。また、金融緩和と財政出動によってデフレから脱却することも大切です。日本は需要よりも供給の方が大きいため、リストラ圧力がかかっているからです。これは賃金を低迷させます。

 デフレ脱却のための財政出動は、リベラル派からはばらまきという批判もあります。しかし、デフレは民間の設備投資や雇用の減少を招き、社会全体では需要の減少によって、景気の悪化を招きます。需要の減少を穴埋めするために政府が財政出動しなければいけません。もちろん、デフレ不況を克服したら、財政出動は止めなければいけません。デフレ脱却後も財政出動を続ければ、高インフレになって跳ね返ってくるからです。デフレにはデフレ対策、インフレにはインフレ対策を国民が選ばなければいけません。

 また、金持ち増税と低中所得者減税や社会保障の拡充によって格差を解消することも経済成長に必要です。消費が増えるからです。

 それから、信託された権力(権力とは相手の意に反することを強制させることです)や集められた税金を社会に還元されること。そして、権力や税金を私腹を肥やすために使った権力者を、国民が更迭できる政治体制であること。そうでなければ、不公平な社会になり、国が衰退します。「国家はなぜ衰退するのか」( ダロン・アセモグル ジェイムズ・A・ロビンソン 著)の中で、「包括的(この記事では社会還元と言葉をおきかえています)」「収奪的」という言葉で説明されています。

 公平な社会を目指すことは、政界と産業界の癒着をただすことでもあります。日本は、欧米のような個人の自由と権利を優先する資本主義国ではありません。政界と産業界が協力して産業を育ててきた開発志向国です。消費者の権利はおざなりにされました。癒着のない公平な社会を目指すには、個人が強くならなければいけません。

 リベラル派が政権の選択肢になれるほど復権するには、政権交代に見合うだけの政策が必要でしょう。国民の暮らしを守り豊かにするリベラル派の政策が必要です。もちろん、この記事に書いてあることを政治家がスローガンとして唱えても、民主党政権が国民の期待に応えられず信用を失ったように、後には失望が残されるでしょう。
■メルマガを購読する


アフィリエイト広告
author:taiga, category:メルマガ, 10:52
comments(0), trackbacks(0), pookmark
トランプ離れ(創発を生むミーム 2016/12/01号)
 創発を生むミーム 2016/12/01号の「トランプ離れ」の全文記事です。
 
2016/12/01号
トランプ離れ

 今年11月のアメリカ大統領選で共和党候補のドナルド・トランプ氏が民主党のヒラリー・クリントン候補を破り、当選しました。

「アメリカを再び偉大にする(Make America greatful again)」をキャッチフレーズに掲げ、支持者たちから「チェンジ! チェンジ!」と迎えられた当選でした。その背景には、日本以上の格差社会のアメリカでグローバルな繁栄から取り残されて没落した層が、なんとかしてほしいと切実に願い、既存の政治勢力の枠にはまらないトランプ次期大統領を支持したことがありました。

 さて、まだ就任式も終えていませんが、トランプ次期大統領の賞味期限切れは来るのでしょうか。トランプ次期大統領には支持離れを招く三つのアキレス腱があります。「アメリカを再び偉大にする」の戦略性の欠如、トリクルダウン政策、保護主義の大義名分の欠如です。

 トランプ次期大統領は「アメリカを再び偉大にする」をキャッチフレーズに大統領選を戦いました。選挙戦略としては成功でした。しかし、選挙が終わりホワイトハウスに入るなら、選挙戦略としてではなく、政治戦略としてこのキャッチフレーズを展開させなければいけません。具体的には、「現状の何が問題なのか」を見定め、「あるべき理想の姿」を描き、「理想の具体化のための政策」を定めることです。

 しかし、トランプ大統領は、自身のキャッチフレーズについて、支持者の心を満たして喜ばすことには使えど、具体的な政策として提示したことはほとんどありません。報道によれば、支持者もよく分かっていないそうです。また、このキャッチフレーズでは、大統領選の勝利演説では一回も触れられませんでした。今後、具体的な政策として発表された時に、支持者が思い描いていたものと食い違うかもしれません。

 例えば、支持者の落胆を誘うような、排外的で強硬なもの(支持者は選挙期間中のトランプ次期大統領の暴言は真剣なものではないと受け止めていました)かもしれませんし、支持者から賛同される現実的な内容かもしれません。もちろん、大統領選が終わってからどんな政策が下されるのかやきもきするより、最初から政策で選んだほうが、支持者には合理的だったでしょう。

 また、トランプ次期大統領は税制面ではトリクルダウン減税を取っています。所得税の最高税率を39.6%から33%に下げます。Tax Policy Centerの試算によると、減税の恩恵の半分は、年収70万ドル以上の上位1%の層が蒙るそうです。低所得層の所得税も無税になります。しかし、現在でも45%が所得税を払っていないのが、50%になると程度だと見積もられています。また、連邦税のうち相続税を廃止します。アメリカの税金は連邦税と州税の二本立てです。連邦税の相続税の税率は2015年で40%です。控除額(控除とは税金のかからない金額)は543万ドルです。アメリカの相続税は金持ちから取るものです。州税の相続税は変わりません。また、法人税を35%から15%に引き下げます。アメリカは日本同様、株主資本主義の国ですから減税分の儲けは株主に還元されるでしょう。

「夢と消えたトリクルダウン」でも触れたように、日本ではトリクルダウンは起こりません。アメリカの場合は調べていませんが、日本同様に、トリクルダウンは起こらないでしょう。アメリカの上位10%の層が、所得の50%、資産の70%を占めています。金融資産だけなら、上位1%の層が42%を占めています(いずれも2007年のデータ)。そうすると、トランプ次期大統領は格差解消を期待する支持者に対して、格差拡大の税制を与えることになります。

 トリクルダウン減税は選挙期間中に発表されたものです。もし本当に実施されるのなら、トランプ次期大統領にとって格差解消を願う支持者は、自身が権力を握るために暴言で気持ちよくさせる票でしかなかったのでしょうか。支持離れを招くでしょう。

 ちなみにヒラリー候補はトリクルダウンは起らないと発言して金持ち増税を公約しました。ただ、大統領選ではトランプとヒラリーのどちらがうそつきかというくくりで論じられていたので、有権者は政策で選べなかったかもしれません。

 また、保護主義の大義名分の欠如です。自由貿易は輸出入の双方の国の消費者にメリットになります。具体的には双方の国で、国民の消費が増えることです(経済学で扱う国の豊かさとは、国民の消費が増えることです。神の見えざる手で有名なアダム・スミスの時代からそうです。いくらお金を貯めても、使わなければ幸せにはなれないからです)。なぜ国民の消費が増えるのかというと、双方の国が生産性の高い産業に特化できるからです。自由主義にはこのように国を豊かにする大義名分があるのです。一方で保護主義にはそのような大義名分はありません(勝ち組負け組に分かれる副作用がある程度です)。そうなると、実際に保護主義を政策化して実行する段階で、自由貿易を掲げるグローバル派と衝突することになります。権力を駆使して実現することは可能でしょう。しかし、そうすれば、アメリカ国民を分断することになります。

 もちろん、グローバル派は負け組のことを自己責任で済ませていて、その負け組の労働者たちがトランプ次期大統領を支持したわけですが。負け組は市場からの退場をというのが自己責任の原則ですが、負け組だからといっても、人間は生きていかなければいけません。負け組の逆集です。

 それではTPPはどうなのか。TPPは純粋な自由貿易ではありません。ISD条項のような国の主権を制限する取り決め(国の規制が企業の損失になれば、世界銀行傘下の委員会に訴えて、賠償金を取れる制度)があったり、 規制整合性小委員会のようなグローバル企業が参加して規制撤廃を国に勧告できる制度(消費者団体は参加できないため、消費者の権利はおざなりにされます)があったりして、自由貿易ではない部分があるからです。

この記事はトランプ次期大統領の政策面を公開情報から分析しました。トランプ人事から今後を占う報道ならいくつもありますが、私にはそんなインサイダー情報はよく分からないので、分析から外しています。

 この記事が配信される時点でトランプ丸はまだ進水もしていません。それなのにもう賞味期限切れはどうなのかとも思ってしまいます。しかし、演説(と毒舌)で有権者の心を気持ちよくするだけでなく、ビジョンを具体的な政策の形にすることが民主主義国家の政治家には求められます。そうすると、トランプ次期大統領の政策には、具体性に欠け、支持者の意向に反し、国民を分断する面があることが分かります。アメリカ国民がこの問題に直面した時に、支持者のトランプ離れが起るかもしれません。もちろん、トランプ次期大統領の就任は来年1月20日、閣僚人事が決まり政策が動き出すのは、慣例では6月以降です。それまでに立て直すかもしれません。
■メルマガを購読する


アフィリエイト広告
author:taiga, category:メルマガ, 11:28
comments(0), trackbacks(0), pookmark
モラルある社会を願う(創発を生むミーム 2016/11/01号)
 創発を生むミーム 2016/11/01号の「??」の全文記事です。
 
2016/??/01号
モラルある社会を願う

 私利私欲で動く人間を教化するために、礼儀作法を身につけるべきだという意見があります。公徳心を育もうというわけです。公徳心とは、公共のためを思う心のことです。民主主義を機能させるためには、公徳心を持つ有権者が必要であり、公徳心の養成のための手段がマナーであったり、気づかいだという主張です。

 そんなに悪くない主張ですが、公徳心の養成方法に関しては異論があります。公徳心は社会への信頼がないと身につかないでしょう。それは、社会が自分を公正に扱ってくれるから、自分も社会を信頼して参加する意欲が湧くからです。

 つまり、政治家であったり、財界人であったり、キャリア官僚であったり、社会の要職につく者が、国民を公正に扱うから社会を信頼できるのです。

 それでは、現在の日本社会で公徳心を阻害する不公正にはどんなものがあるでしょうか。例えば、安倍首相の国民をだまし討ちする政治運営でしょう。2013年の参議院通常選挙の後には、秘密保護法を制定しました。2014年の衆議院総選挙の後には、安保法を制定しました。いずれも、安倍首相が争点にしなかったことです。

 もちろん、安倍首相を責めるだけでは片手落ちです。例えば、小泉政権時代には、競争を通じて供給力を増やすための構造改革なのに、その副作用の勝ち組と負け組がでるのが良いとされ、ひとを踏みつけにする風潮を生み出しました。他人をやっつければ、自分が勝ち組に入れると思われたからです。ことに(社会にぶら下がっているはずの)弱者をやっつけるのが良いとされました。例えば、集団暴行犯の大学生たちを現職の国会議員が「集団レイプする人は、まだ元気があるからいい。まだ正常に近いんじゃないか」と称えました。レイプ犯が強者に思えたのでしょう。しかし、他人をやっつけても、(他人を引きずり落とすことで)相対的に自分が強くなるだけで、社会全体で見て、プラスにはならないでしょう。しかし、小泉首相(当時)は、勝ち組と負け組に分かれるのが良いと、その風潮を是認しました。

 また、20世紀の自民党政権は「民間の接待文化が官に飛び火した官官接待」「政治家と官僚が結託した利権誘導」などを生み出しました。いずれも社会の公徳心を損ないました。正直者がバカを見るというわけです。

 ハイカルチャーの役割は社会のロールモデルだと思います。そのメッセージが礼儀作法やマナーであっても、行動がそれを裏切っていたら説得力はゼロです。ハイカルチャーとは一般には純文学や芸術のことを指しますが、この記事では、公権力や公論の形成にたずさわる人々を含めます。権力者が権力を不正に使っているのに、国民がルールやマナーを進んで守ることはないでしょう。

 もちろん、政治家に権力を与えているのは有権者なのですから、安倍首相たち政治家を責めるだけでは問題は解決しないでしょう。もちろん、福島第一原発の原子力事故で政治家も官僚も東京電力も誰も責任をとっていないことを思えば、有権者の力にも限界があるでしょう。その原因は、与党も野党も原発を推進してきたため、有権者に選択肢が与えられないせいです。

 さて、こうやって政治道徳を説いていると「マキャベッリ以前じゃないか」と批判を浴びそうです。イタリア人のマキャベッリは自著の「君主論」の中で、政治道徳と権力を分けて考えることを説きました。しかし、これは君主が権力を握る方策です。マキャベッリはフィレンツェを支配する君主、ロレンツィオ・メディチに献呈するために君主論を書き上げました。

 例えば、00年代のころ、「日本の民主主義は失敗ではないか、古代ローマのような寡頭制を目指すべき」という意見がありました。みんなが自分勝手なばかりで、民主主義が機能しているないからです。しかし、アフリカには「民主選挙は一度だけ」という言葉があるそうです。建国して最初の選挙で大統領を選んだけれども、独裁政治になって何十年も続く、というわけです。だから、寡頭制政治に移行しても、民主選挙が行われなくなって、独裁制に移行するだけだったでしょう。そして、君主論が説いているのは、そんな独裁者が権力を握る方策なのです。

 民主主義では、政治家は権力を握るだけでなく、その権力を国民のために公正に行使することが求められます。つまり、信託された権力(権力とは相手の意に反することを強制させることです)や集められた税金を社会に還元しないといけないのです。そして、権力や税金を私腹を肥やすために使った権力者を、国民が更迭できる政治体制であること。これらは、一国の浮沈に関わる問題だという研究もあります。「国家はなぜ衰退するのか」( ダロン・アセモグル ジェイムズ・A・ロビンソン 著)の中で、「包括的(この記事では社会還元と言葉をおきかえています)」「収奪的」という言葉で説明されています。

 権力者は私腹を肥やすために権力を使うだけでなく、自分の権力の座を脅かす存在を蹴落とすために権力を使うこともできるのです。だから、独裁者のファミリー企業を守るために、ライバルとなる企業を妨害したり倒産させたりできるのです。ジンバブエの独裁者のモブツ大統領は、独裁者なのに宝くじで一等を当てたことがあります。もちろん、不正だと言われています。この風聞が本当なら、私腹を肥やすだけでなく、ライバル(財力を握れば力になります)の出現を阻止したと言えるでしょう。こんな社会は没落の一途をたどるでしょう(例外的に中国は共産党の一党独裁なのに高い経済成長を続け、いずれGDPでアメリカを抜くという観測もあります。中国の経済成長が今後も続くのかは私には分かりません)。

 例えば、橋下徹前大阪市長のように、政治を「きれいごとか実行力か」で二分して、実行力でなければいけないとする政治家もいます。しかし、実行力とは権力を握ることです。そして、きれいごととは、この記事で論じたように、権力や財源を国民に還元することであったり、私腹を肥やした政治家を更迭することなのです。きれいごとと実行力と両方を有権者は求めなければいけません。

 政治家が信託された権力や集められた税金を国民に還元する社会というのは理想でしょう。しかし、ただきれいごとなだけでなく、社会の繁栄にとっても大切なことなのです。そして、それは民主主義国では国民が望まないと始まらないことなのです。そして、そのような社会だから国民の公徳心が育まれるのではないでしょうか。

 最後に、道徳の乱れの原因が政治の乱れだけではないことも書き添えます。

 勝ち組をもてはやした時代には、その前段階として価値相対主義がありました。価値相対主義とは、正義のような価値は、個人の受け止め方次第、ひとによって違うという意見です。しかし、これは、最後には自己利益の追求に行きつきました。どんな道徳もケースバイケースで済ませられるなら、自己利益の追求の歯止めがなくなるからです。小泉首相が勝ち組と負け組に分かれるのが良いと説いたことは、自己利益の追求にお墨付きを与えたのです。

 それでは、勝ち組をもてはやし、弱者を踏みつけにする社会で、道徳を説くためにどんな行動をすれば良いのでしょうか。それは「困った時に力になってくれるものを大切にする」ではないでしょう。東日本大震災のような大災害のさいに自分を助けてくれるものだから、日頃から大切にできるのではないでしょう。

 もちろん、「困った時に力になってくれるものを大切にする」と言っても、良いことだけではありません。「影響力の武器」という本でも「返報性のルール」として指摘されているように、(恩返しをしない奴というレッテルを貼られると社会性を損なってしまうため)恩を受けた者が便宜を図ることを断りづらいのを利用して、恩を売るというケースがあります。個人間ではささいなことかもしれませんが、時に大事になることもあります。

 ノーベル平和賞を受賞したマララ女史の自伝「わたしはマララ」によると、7万人以上がなくなった2005年のパキスタンの大地震の被災者支援をテコに、イスラム原理主義勢力のタリバンがパキスタンで勢力を伸ばしたことが記述されています。タリバンの本拠はパキスタンの隣国のアフガニスタンにあり、9.11テロを起こしたアルカイダのリーダーの故オサマ・ビン・ラディンをかくまったため、アメリカと戦争になりました。また、タリバンはパキスタン国内でも戦争を始め、マララ女史も国内避難民としてふるさとを離れることになりました。

 だから、「影響力の武器」で指摘されているように、好意には好意で返し、承諾を引き出すための策略には好意を返さないという分別は必要でしょう。

 そして、ここでもやはり、出発点は国民の行動なのです。
■メルマガを購読する


アフィリエイト広告
author:taiga, category:メルマガ, 11:57
comments(0), trackbacks(0), pookmark
夢と消えたトリクルダウン(創発を生むミーム 2016/10/01号)
 創発を生むミーム 2016/10/01号の「夢と消えたトリクルダウン」の全文記事です。
 
2016/??/01号
夢と消えたトリクルダウン

 トリクルダウンという仮説があります(仮説とは科学用語で、こんなアイデアがあるが本当かどうかは確かめられていない、という意味です)。高所得層が富めば、そこから滴がしたたり落ちるように、低中所得層にお金が流れ落ちるという考えです。まだ、証明されたことはありません。しかし、このアイデアはアメリカを席巻して、レーガン大統領(当時)の経済政策となりました。また、日本にも入ってきて、小泉構造改革の時代に持てはやされました。トリクルダウンが働くから、勝ち組が富み負け組が衰えるのが良い、という意見です。

 一方、トリクルダウンは起こらないという意見もあります。スティグリッツ教授(ノーベル経済学賞受賞者です)はトリクルダウンが起こらない理由を次のように説明しています。

”下層から上層へ金を移動させれば、消費は落ち込む。なぜなら、低所得者より高所得者のほうが、所得に占める消費の割合が少ないからだ。

(中略)

 前述のとおりアメリカの上位1%の人々は、国民所得の約20%を稼ぎ出している。彼らの貯蓄率を20%、中下層の貯蓄率を0%と仮定し、国民所得の5%分を上層から中下層へ移転すれば(上層にはまだ15%分が残る)、総需要を”直接”1%押し 上げることができる。”

 しかし、どちらの意見も本当かどうか確かめられたわけではありません。こんなアイデアを持っています、というレベルなのです。

 そこで、トリクルダウンが起こるのかどうか検証するために、世帯収入別貯蓄率を調べてみました。高所得層ほど貯蓄率が低いのなら、所得が低中所得層から高所得層に移るほど、消費が増える、つまりトリクルダウンが起こることが分かります。逆に、低所得層ほど貯蓄率が低いのなら、トリクルダウンが起こらないことが分かります(個人収入ではなく世帯収入なのは、家計の実態により近いからです)。

 調査に利用した資料は「貯蓄率低下の背景-年齢・所得階層別の分析から-」(著 新堂 精士 )です。
→http://www.fujitsu.com/jp/group/fri/report/research/2005/report-244.html

 この資料では、世帯収入の区分に家計調査(総務省統計局)を利用しており、2003年のデータなら低所得者は世帯収入が445万円未満、中所得者は世帯収入が445万円以上950万円未満、高所得者は世帯収入が950万円以上を指します。

 なお、「taigaの挙げた資料には正解なんて書いていないじゃないか」というひとのために、先に書いておきます。この資料には正解は書かれていません。仮説(トリクルダウンが成り立つなら高所得層の貯蓄率はほかの階層より低いはずだ)を検証するためにデータを利用しているだけです。誰かが書いた正解を探すのが科学ではありません。日本では明治時代以来、欧米の科学研究を翻訳紹介して西洋文明を摂取することが重要な仕事だったため、(すでに欧米で研究済みだから)それを調べて翻訳することが科学だと誤解をされているのです。科学とは、仮説を立て、検証して仮説が成り立つのかどうか調べることです。欧米でも研究例がないのなら、自分で調べるしかありません。グーグル検索しても正解は出てきません。

 そんな過程なんてムダだ、正解だけが欲しいというひとは、次の段落の最初だけを読んでください。私の提示した正解が書いてあります。ただ、「その正解がどうして成り立つの?」と疑問の方のために、その正解にいたった根拠も後の段落に書いてあります。目を通すことをお勧めします。権威の授けてくれた正解をありがたがるひとには不遜に思える疑問ですが、正解を深く理解するためには欠かせません。

 結論から述べれば、トリクルダウンは起こりません。低中所得層より高所得層の方が貯蓄率が高いからです。

 低所得層の貯蓄率は2003年で約13%です。また、1990年から2003年までの調査期間中、常に貯蓄率は最下位でした。

 中所得層の貯蓄率は2003年で約25%です。また、1990年から2003年までの調査期間中、常に貯蓄率は中位でした。

 高所得層の貯蓄率は2003年で約30%です。また、1990年から2003年までの調査期間中、常に貯蓄率は最上位でした。

 厳密には特定年齢世帯の特定期間に限れば、順位が入れかわるケースもあります。しかし、全年齢の平均で見れば、調査期間のいつの年でも、順位の変動はありません。

 それから、1998年に所得税と住民税の最高税率が、合計50%に減税されました。それまでは65%でした。そして、高所得層の貯蓄率は変化は微増でした。税金が減ったからといって、貯蓄率が減り、その分のお金が消費に回る、ということはないようです。

 外国ではどうかまでは調べていませんが(これがトマ・ピケティなら過去300年のデータを20以上の国から集めて結論付けるところです。ここまでくれば普遍的な法則だとよべるのですが、私にはそこまでリサーチ力がありません)、このように、日本ではトリクルダウンは起こらないのです。2014年の総選挙の時、甘利経済産業大臣(当時)は何度もトリクルダウンが起こると発言しましたが、誤まりであることが分かりました(ただし安倍首相は選挙後にトリクルダウンは我々の政策とは違うと発言しました。また安倍政権のブレーンであり小泉構造改革の時代にトリクルダウンの旗振り役だった竹中平蔵氏も「「滴り落ちてくるなんてないですよ。あり得ないですよ」」と今は発言を変えました)。トリクルダウンを起こそうとすると、逆に景気を悪化させます。

 高所得層より低中所得層の方が貯蓄率が低いのだから、高所得層への増税を原資に低中所得層を減税したり社会保障を増やせば、経済が成長する可能性があります。ただし、お金の分配は、一時給付金の形ならば、消費を増やす効果はあまり望めないでしょう。1999年の地域振興券は約6000億円の財政支出に対して、消費の刺激は約2000億円ほどだったからです。恒久減税であれば、可処分所得(税金を引いた後の所得)の増加が将来に渡って望めるため、一時給付金より、消費を刺激する効果があるからもしれません。

再分配というと、お金持ちからとって貧困層に配るウィン・ルーズ関係であり、中所得層には無関係と思われがちです。しかし、トリクルアップ(貧困層に分配することによって下から上へ消費が滴り上がること)であれば、社会全体が利益を得られます。

 日本のジニ係数(格差の度合い)はOECD加盟国の平均より悪いです。日本社会のこの特徴は弱みであることが分かります。トリクルダウンは現実には起こらないからです。一億総中流社会という造語がありました。造語された当時はみんな等しく凡庸なんてと受け止められましたが、実際には強みだったのです。一方、勝ち組と負け組に分け、強い者が富栄えるとトリクルダウンが起こるから、社会のしくみを強い者に有利にしようという経済観は、現に強い者には良いが、社会全体で見ると、消費が減り経済成長を損なうでしょう。

 また、グローバル貿易によって国内の富が不均衡になっている問題への処方箋にもなります。日本だけに限らず、EUから離脱を決めたイギリスでも、トランプ旋風が起こったアメリカでも、グローバル貿易で富を築いた富裕層と、その恩恵にあずかれない労働者との対立が問題になっています。しかし、富裕層に増税され、低中所得層に所得移転されるなら、格差を緩和しながら、国内の消費市場を活性化できるでしょう(ただし、タックスヘイブンを用いた課税逃れが問題になるかもしれません)。

 ここで読者の注意を喚起したいことがあります。格差解消の大きな議論は日本では起きていないのに、高所得層への増税がすでに何度も実施されていることです。所得税の最高税率は40%から45%に引き上げられました(所得1800万円以上の場合)。地方自治体に支払う住民税と合わせると、最高税率は55%になります。また、高所得層の給与所得控除(控除とは所得のうち税金がかからない金額のことです)の上限が引き下げられ、1000万円以上の給与の場合、増税となります。相続税の増税もされ、最高税率が50%から55%に上がり(6億円以上の場合)、控除される金額も減額されました。

 そこで肝心なのは、高所得者に新たに課された税金は、低中所得層への減税や社会保障に回されなければなりません。そうでなければ、格差解消・経済成長の大義名分を果たせません。しかし、現実には、社会保障の充実を名分とした消費税増税が社会保障に回されなかったという事実があります。2014年の消費税の8.2兆円増税のうち、社会保障の拡充に回された金額が1.35兆円だったのです(他にも基礎年金の国庫支出に3兆円が使われていますが、これまでの財源からの置き換えです)。だから、高所得層への増税だけで満足してはいけません。ひょっとすると、高所得層が増税されたら、妬みの気持ちから拍手喝采するひともいるかもしれません。しかし、シロアリは、そんな気持ちを増税に利用するでしょう。
■メルマガを購読する


アフィリエイト広告
author:taiga, category:メルマガ, 10:26
comments(0), trackbacks(0), pookmark
マスゴミ退治(創発を生むミーム 2016/09/01号)
 創発を生むミーム 2016/09/01号の「マスゴミ退治」の全文記事です。
 
2016/09/01号
マスゴミ退治

 今年2月高市総務大臣(当時)がテレビ局の免許停止と停波を認める国会答弁をして、安倍首相もそれを肯定しました。自民党はマスコミへの介入を長年、続けており、政府がテレビ局に行政指導する、マスコミを呼んで抗議したり事情聴取をしたりしてきました。総務大臣の停波発言はその延長にあります。また、政治のマスコミへの介入は自民党単独のものでもありません。

 その背景には、国民のマスコミ不信があります。マスゴミとはマスコミへの蔑称です。マスコミが人権を侵したり、不当な報道ややらせをするから、そのように呼ばれるのです。

 2011年には、フジテレビが韓流ブームをねつ造しているという疑いを持たれました。関東ローカルに限って、韓流αといって韓流ドラマを平日昼の時間帯に数時間に渡って流す番組編成でした(すでに終了)。フジテレビの子会社は韓流音楽の権利を数多く持っており、韓流音楽が流行ると、フジテレビが儲かるビジネスモデルでした。一方、大阪では読売テレビが全国的な人気番組で司会者が韓流アルファを地上波でなくBSにすりかえる趣旨の発言をしており、ブームねつ造疑惑への火消しが疑われる番組内容でした。

 韓流αの放送について、コンテンツの代金が安いからだと経済的合理性を理由にフジテレビを擁護する意見もあります。しかし、それだけでは関東ローカルの全日帯で放送した理由を説明できません。経済的合理性というのは、ブームをあおって儲けることではないでしょうか。

 メディアにだまされないためにはどうすればよいのでしょうか。

 それなら、国がメディアを規制すべきという意見もあるでしょう。

 意外なことに、政府へのマスコミへの干渉は、世界的にも珍しいほど強力なものです。日本では、総務省が直接、テレビ局を管轄しています。国会図書館の調べでは、このような国は世界でも北朝鮮やベトナムぐらいです(どちらも独裁国家です)。日本は十分、国家がマスメディアに干渉する国なのです。

 国家によるマスメディアへの干渉といえば、戦前の日本がそうでした。大日本帝国憲法では、議会が法律を定めれば、言論の自由を制限できるとありました。また、実際にそのような法律が定められました。戦前戦中のマスコミが政府や軍部に協力的だったのはそのせいでもあるのです。

 高市総務大臣が停波の根拠としたのは、放送の公正さを求めた放送法第4条です。かつてこの条文は、倫理規定であって、罰則はありませんでした。罰則がない倫理規定の法律の例なら、憲法にある労働の義務、憲法尊重擁護義務、が挙げられます。なぜ、倫理規定なのかというと、罰則を設けて強制すれば、報道の自由を侵すからです。自民党もかつてはそのような解釈でした。現在は、放送法4条1項を根拠に放送事業者への行政指導を行うようになりました。

 ちなみに、なぜ倫理規定だったかというと憲法で保障された言論の自由を侵さないためでした。

 さて、マスゴミ退治のために、国家権力を強化すれば、それは戦前のように国家がマスメディアに干渉する国になってしまうことが分かりました。それなら、国民はどうやってマスメディアの不当な報道に立ち向かえば良いのでしょうか。現在、国民がマスメディアに立ち向かえる手段として、インターネットがあります。

 インターネットによって、個人は自分の関心にある問題を広く国民に知ってもらうことが、現実的になりました。例えば、2011年のフジテレビデモでは、フジテレビは自局でデモを放送もしないのに、局内からデモを撮影している様子が写真に撮られ、その写真がネットで配信されました。マスメディアが報道手段を独占していた一昔前には考えられなかったことです。

 それなら、このような国民の権力を強化すればよいのではないでしょうか。例えば、マスコミの報道からの引用を広く認めるのはどうでしょうか。

 ネットにおけるよくある情報の流れは、メディアが報道した内容がネットで取り上げられ、ネット上で拡散していくというものです。このようなネット上の拡散のためには、報道内容の引用が必要です。また実際問題として、(良い内容にしろ悪い内容にせよ)報道内容を他人に知っててもらうためには、引用が欠かせません。原発事故、TPP、フジテレビデモなどで偏った報道やほとんど報道に取上げられないことを、ネットで知ったという人も少なからずいるでしょう(ただし、私は自分の体験で説明しています。一般メディアが編集によって幅広い層をとりあげて報道されているのに対して、ネットの情報の入手は自分の好みにあうものに偏りがちなので、大多数に当てはまるのかは分かりません)。

 しかし、著作権法上、著作権の侵害をせずに引用をするためには、いくつかの条件を満たさなければいけません。そのひとつが、引用が従であり、本文が主であることです。例えば、報道番組の内容を動画サイトにアップロードして、それにひとつふたつコメントをつけても、それは引用が主であり本文が従であるため、著作権の侵害になります。

 そこで、引用が主、本文が従でも著作権を侵害しないと法律を改正するのです。これなら、個人によるメディア監視が容易になります。それが無制限な引用につながるから問題なら、引用の例外規定にして、非商用に限ってとか、番組の放送時間や紙面の5分の1以下に限ってとか、制限を満たせば、引用が主でも認められることにすれば良いでしょう。(現在の法律では引用の条件をすべて満たせば、商用でもよく、また、分量に制限はありません。引用のための他の条件は、出典が明記されること、引用部分が明示されること、報道・批評・研究など正当な目的があることなどです)。

また、国連も日本政府のメディア統制を懸念しています。国連から勧告があり、国がメディア統制の法的根拠にしている放送法第4条の廃止を提案しています。同じ勧告の中で、ネットは自由が守られているとあります。しかし、これは政府がネットの自由を擁護しているからではないでしょう。単純にネットにまで、まだ政府の統制が回っていないのでしょう。リアルとネットの境界線では、リアルのメディアの報道内容がネットにアップロードされ、SNSを通じて拡散しています。そして、リアルの人々のクチコミが生まれています。

 著作権法の強化を図るなら、このような情報の流れを窒息させないことは、国民の利益にかなうでしょう。例えば、TPPでは著作権が非親告罪化されます。著作権者の許可を取らずにコンテンツをネットで配信すれば、警察が問答無用で摘発できるようになります。司法がネットの情報の流れを窒息させるでしょう。ただし、日本のTPP法案では、原則親告罪、海賊版に限って非親告罪なので、今のところ、その懸念は薄いでしょう。

 マスゴミ退治を政府に求める国民の動きは、マスコミ憎しが原動力です。憎しで動いて、かえって国を損なった例としては、刑事裁判とその報道においての、容疑者へのバッシングが挙げられます。00年代のころです。その背景に、容疑者が保護されるほど被害者が保護されないという問題がありました。例えば、強姦事件で被害者が法廷の場で証言しなければいけないのに、容疑者に保護を与えないといけないのはどういうことだという意見です(現在は被害者の周りに衝立を立てて、容疑者と顔を合わせないようにしたりします)。このバッシングは容疑者へ重罰を与えるという流れになりました。容疑者への保護を減らせば、見かけ上、被害者への保護と釣り合います。しかし、これでは被害者への保護そのものはおざなりにされます。一方、刑事裁判において重罰化の流れが加速され、刑務所が一杯になり、更生教育に支障をきたすという問題が起こりました。

 マスコミ批判も、その手段が政府へのマスメディアへの介入となれば、国を損なうでしょう。それよりは、国民にもっと権力を与えるべきでしょう。
■メルマガを購読する


アフィリエイト広告
author:taiga, category:メルマガ, 10:37
comments(0), trackbacks(0), pookmark
オバマ広島訪問の政治的資産の活用(創発を生むミーム 2016/08/01号)
 創発を生むミーム 2016/08/01号の「オバマ広島訪問の政治的資産の活用」の全文記事です。
 
2016/??/01号
オバマ広島訪問の政治的資産の活用

 オバマ大統領が被爆地の広島を訪問しました。原爆で亡くなった方たちを追悼するためです。被爆者を抱擁したり、核兵器のない世界を訴えたり、記憶に残るようなものでした。この訪問について、謝罪がなかったり、長崎は訪れないのかという批判もないわけではありませんでした。しかし、核兵器の廃絶という点で見れば、進展はなかったでしょう。

 それよりも、オバマ広島訪問の見逃せない点は、日米の友好関係の深化です。日米安保条約が結ばれた時は「お見合い結婚のよう」と言われた日米関係がここまで来たのです。2004年にシュレーダー首相がノルマンディー上陸作戦記念式典でシラク仏大統領と抱擁を交わし、フランスの新聞は「今日が本当の終戦の日」と書いたことがあります。オバマ大統領と被爆者の抱擁は、それに匹敵するでしょう。

 外交は相互的に進められます。オバマ大統領が広島訪問という譲歩(日本に花を持たせたわけです)をしたのなら、日本もそれ相応の譲歩があっても良いでしょう。そのお返しは首相のハワイの真珠湾訪問でしょう。

 ところで、オバマ大統領の広島訪問は、日本とアメリカが同盟国だったから実現したことでしょう。それならば、他の国と同じことができないでしょうか。例えば、中国です。中国も核保有国です。中国の首脳の広島訪問も意義のあることです。それならば、日本側は何をすれば、中国と対等と言えるでしょうか。それは、南京大虐殺記念館の訪問でしょう。南京大虐殺記念館と聞くと「反日施設でしょう」と返事が返ってきそうです。しかし、南京大虐殺記念館は、熊本大地震のさい「熊本県日中友好協会の関係者が20年以上、毎年欠かさず同記念館を訪れ、犠牲者を追悼してくれている。熊本の皆さんのことを心配している」というコメントを出しました。南京大虐殺記念館は中国の愛国教育の拠点とされていますが、一概に反日と決めつけられるものではありません。

 もちろん、これは政冷経熱(政治的には対立していても経済交流を深めること)の下、民間外交の成果でしょう。中国では、親日派と見られることは、政治的な自殺とされる、それどころか、日本に興味を示すだけで売国奴とバッシングを受ける空気があると聞きます。だから、日本の首脳の南京大虐殺記念館訪問だって、政治的に利用されるかもしれません。しかし、相互的なものであれば、その懸念も少なくなるでしょう。

 もちろん、日本人と中国人はお互いに嫌いあっているのだから簡単なものではないでしょう。日本のNPO法人「言論NPO」と中国の英字紙・チャイナデーリーが共同で行った2014年の世論調査によると、中国に良くない印象を持っている日本人の割合が93%、日本に良くない印象を持っている中国人の割合は86.8%です。だから、日本の努力だけでは成立しないでしょうが、日中関係が好転すれば、安全保障にも寄与するでしょう。

 さて、アメリカ大統領や中国の首脳の広島訪問から視野を広げると、また別のものが見えてきます。核クラブの五大国(核不拡散条約で核の保有を認められた国々のこと)の首脳の広島訪問です。つまり、ロシア・フランス・イギリスの大統領や首相の広島訪問です。もちろん、核兵器の保有は国際社会において大きなパワーであり、核クラブ諸国の首脳の広島訪問をしたからといって、それが核兵器の全廃に結びつくものではないでしょう。しかし、核兵器が廃絶されるなら、核五大国の首脳の広島訪問はどこかで通り過ぎる里程標になるでしょう。

 オバマ広島訪問の政治資産をどう活用するのかという議論はあるでしょう(もちろん、オバマ大統領や被爆者を政治利用することへの遠慮もあるでしょう)。それなら、核廃絶の進展のために利用するのが筋でしょう。被害者と加害者が手を携えて相互理解を進めてこそ、未来志向の政策が実現するのではないでしょうか。また、そう考えると、オバマ大統領の広島訪問も、核クラブの国々の首脳の広島訪問の第一歩と位置付けられるでしょう。
■メルマガを購読する


アフィリエイト広告
author:taiga, category:メルマガ, 10:41
comments(0), trackbacks(0), pookmark
強いリーダーを選んだ……けど(創発を生むミーム 2016/07/01号)
 創発を生むミーム 2016/07/01号の「強いリーダーを選んだ……けど」の全文記事です。
 
2016/07/01号
強いリーダーを選んだ……けど

 安倍首相は強大な権力者です。自民党内では安倍一強と言われ、党内に反旗を翻す派閥はありません。国会対策も万全です。公明党と連立を組んでおり、公明党は口では「自分たちは安全弁」と言いますが、重要政策では安倍首相に追随しています。

 日本は失われた20年にあります。この20年間、GDPはまったく成長しませんでした。そこで、国民からは強いリーダーが求められました。日本の政財界は閉鎖的で癒着しており、日本を立て直せない。だから、強いリーダーが誕生すれば、日本を変えられるだろうというわけです。

 それなら、安倍首相こそ、国民が求めた強いリーダーでしょう。

 それでは、安倍首相は強大な権力をどのように使ってきたでしょうか。国民をだまし討ちするために権力を使いました。2013年の参議院通常選挙の後には、秘密保護法を制定しました。2014年の衆議院総選挙の後には、安保法を制定しました。いずれも、安倍首相が争点にしなかったことです。今度の参議院通常選挙の結果次第では、争点にしなかった憲法改正を実施するでは思われています。

 今度の参議院通常選挙で国民が手に入るものはなんでしょうか。

改憲勢力で3分の2 78議席

 憲法の改正です。安倍首相は(改憲は自民党の結党以来の精神だから)争点にしないと発言しています。国民の大半は自民党員ではないのですから、争点にして国民に信を問わないはおかしいでしょう。

 また、自民党マニフェストには「改憲をする」ことは書いてあっても、具体的にどの憲法の何条をどのように改めるのかは書かれていません。かつて、改憲発議の要件を緩和しようとした時に批判されたように、自分たちに都合よく改憲するための策略でしょう。つまり、選挙の時には言質をとられないように具体的なことはさけ、選挙が終わってから「マニフェストには改憲は書いてありましたよね」というわけです。

 しかし、自民党の改憲論には違いないのだから、先に発表された自民党の憲法改正草案の一部ないし全体のことを指しているのは間違いないでしょう。

「(9条改憲は反対が多いから無理でも)緊急事態条項改憲します(安倍首相が選挙前から言っていることですから不思議ではありません)、マニフェストにも改憲は書いてありましたよね」と選挙が終わってから言い出してもおかしくありません。

そもそも、自民党のマニフェストは看板に偽りありです。2013年の参院選挙マニフェストの最初に書いてあったのは(重要なテーマを書く位置です)東日本大震災からの復興です。しかし、重要なテーマになったのは秘密保護法案でした。2014年の衆議院選挙のマニフェストの最初に書いてあったのは、アベノミクスです。しかし、重要なテーマになったのは安保法制です。今回のマニフェストの最初に書いてあるのは、景気の好循環の加速ですが、この調子では、重要なテーマが改憲になってもおかしくないでしょう。

自公で改選数の半数 61議席

アベノミクス信認。

 アベノミクスの三本の矢のひとつは財政拡大でした。しかし、いつのまにか緊縮財政に転じました。消費税増税も含めて、政府が国民から吸い上げるお金はこの2年の間、毎年10兆円(GDPの2%相当)になりました。デフレ脱却のためのアベノミクスは破たんしており、物価も下落が続いています。

 また、GDPそのものも、安倍政権の期間中、半分以上がマイナス成長でした。実質賃金(物価調整した賃金、実際に物やサービスに使えるお金)も3年連続で低下しました。

安倍首相は有効求人倍率が「1倍以上を47の都道府県で達成した。これは高度経済成長期、あるいはバブル期にも達成できなかった」ことを理由にとアベノミクスの成果だと主張します。しかし、都道府県別の有効求人倍率の統計を取るようになったのは、2005年のため、過去にそのような統計はありません。また、沖縄県と鹿児島県とで今年4月の有効求人倍率が1倍に達しなかったため、47都道府県というのも誤りです。

 また、求人の内容も非正規雇用ばかりという批判があります。日本の正規雇用者数の減少とその代りの非正規雇用者の増加は、20年も続く傾向です。アベノミクスのせいだけではないでしょう。

自公で2分の1以上 46議席

安保法制追認、TPP法案成立、原発推進

 安保法案やTPPや原発政策が信認されたものとして、政治が動くでしょう。

 安倍首相は最初に集団的自衛権の行使を訴えた時は、アメリカの軍艦に搭乗した子供連れの母親を守るかのような演出をしましたが、後にそんなことは起こらないと態度を変えました。現在は「(安保法制は)廃止されれば日米同盟は根底から覆されることになる」と発言しています。アメリカへの貢献のための集団的自衛権なのです。

 TPPも農林水産省の試算では、TPPに参加すると食料自給率が40%から13%に低下するとされています。アメリカは農家に輸出補助金を出しており、自由な競争とは言えママ戦。

 また、安倍政権は電力の2割を原発でまかなうことを方針としています。そのためには、日本の全原発を再稼働させなければいけません。だから、安倍政権の方針は日本の全原発を再稼働させることだと言えます。

野党共闘で3分の1以上 54議席

 改憲阻止。

 権力とは、政治学の定義で、相手の意に反することを強要することです。それならば、安倍首相が国民をだまし討ちして、国民の大多数が反対する法案を成立させてきたことは、権力そのものと言えるでしょう。しかし、安倍首相が国民の意に反する強大な権力をふるえる原因は、国民にあります。強いリーダーを求めてきたのですから。

 その反省に立つなら、国民は投票に当たって、誰を強いリーダーにするのかではなく、どんな国にするのかに立脚して、候補者を選ばなければならないでしょう。

 安倍首相は野党共闘について野合だと非難しています。しかし、シングル・イシュ―を知らないのでしょうか。シングル・イシュ―は、日ごろの違いは一旦置いておいて、ひとつの目的のために団結することです。例えば、毎週金曜日の官邸前抗議はシングル・イシュ―で行われています。古い政治観では現在を理解できないでしょう。

 例えば、集団的自衛権は過去に韓国がベトナム戦争に参戦する理由に使われました。南ベトナムが北ベトナム(現ベトナム人民共和国)と戦争状態になり、アメリカが南ベトナムとの集団的自衛権を理由に参戦しました。そのアメリカと軍事同盟を組んでいる韓国が集団的自衛権を理由に参戦しました。安倍首相も安保法制はアメリカへの貢献なのを認めているのだから、このような連鎖によって、日本が戦争に参加する将来は、ありえるでしょう。

 民主主義の権力は、選択肢を示して選んで決める流れになれば、もっともうまく機能します。野党共闘が掲げる安倍政権下で改憲阻止もれっきとした公約になるでしょう。むしろ、安倍首相が何度も国民をだましてきたのだから、自民党の方にこそ、問題があるでしょう。しかし、野党共闘の政権批判しか打ち出せないのは、消極的です。これは今後の課題になるでしょう。
■メルマガを購読する


アフィリエイト広告
author:taiga, category:メルマガ, 14:45
comments(0), trackbacks(0), pookmark
一円領収書のネット公開が政治風土を透明化する'16(創発を生むミーム 2016/06/01号)
 創発を生むミーム 2016/06/01号の「一円領収書のネット公開が政治風土を透明化する'16」の全文記事です。
 
2016/06/01号
一円領収書のネット公開が政治風土を透明化する'16

 過去の企画が蘇りました。

 政治家と利権の問題の解決策は、団体献金の廃止だけではありません。一円領収書のネット公開です。これなら、政治家の金の流れが誰にでも一目瞭然になります。

 このブログ記事の目的は、政治資金収支報告書がネットで公開されれば、国民はどんな情報が手に入るのか、非公開ならなにができないのかを浮き彫りにすることです。

 メールマガジンの仕様上、顔写真の公開はありません。敬称略。肩書は2016年6月現在のもの。政治資金収支報告書は平成27年11月公表(平成26年分)のもの。このブログ記事は、総務省ならびに都道府県選挙管理委員会がネット上に公開している政治資金収支報告書を元に構成されています。

各議員の資金管理団体は、現職国会議員の国会議員関係政治団体一覧を参考にしました。
→http://www.soumu.go.jp/main_content/000068058.pdf



安倍晋三 内閣総理大臣

収入 79,391,357円 公開率28%

主な収入

自民党から寄付 1,100,000円

政治資金パーティー 61,960,000円 3回
公開分 4,600,000 円

公開分の内訳

富士フィルム 1,400,000円
日本医師連盟 2,000,000円
日本製薬政治連盟 1,200,000円

個人献金 13,780,000円 公開率100%

団体献金 2,500,000円 公開率100%

団体献金の内訳

日本医師連盟 1,000,000円
日本製薬政治連盟 1,000,000円
TKC全国政経研究会 500,000円

主な支出

警備料 429,288円

政治資金パーティー経費 5,451,770円

ガソリン代 2,097,216円

クルマのリース料 1,042,47円

贈答品・慶弔費 6,599,318円
80件 平均 82,491円

会合費(支出先の記載がある分) 3,004,619円
44件 平均 68,286円
会合費はいわゆるホテルや料亭の飲み食いのお金

主な資産

みずほ銀行に預金 196,914,037円

晋和会
http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/seijishikin/contents/151127/1204100047.pdf
山口晋友会
http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/seijishikin/contents/151127/1398400013.pdf
東京政経研究会
http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/seijishikin/contents/151127/1323800010.pdf



菅義偉 内閣官房長官

収入 29,781,402円 公開率1%

主な収入
政治資金パーティー 29,520,000円 

主な支出

政治資金パーティー経費 4,251,880円

ガソリン代 ゼロ ETCカード支払い 138,960円
ガソリン代がゼロなのにETCカードの支払いがある理由は不明。
1万円未満の支払いは記載しなくてもよいためかもしれない。

人件費 ゼロ

政治活動費に含まれる会費 13,690,000円
178件 平均 76,910円
(多数の代議士、自民党支部への支出)

クルマのリース料 記載なし

主な資産

自動車 4,106,570円 1台 車種の記載なし
クルマのリースの記載がない(ただし、一回当たり1万円以下なら記載しなくてよい)ため、ETCカードの支払いはこの自動車 の利用ということになる。

横浜政経懇話会
http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/seijishikin/contents/151127/1407000036.pdf



甘利明 前経済財政政策担当大臣

収入 113,834,823 円 公開率12%

主な収入
政治資金パーティー 102,257,500円 29回
個人献金 9,717,000円
団体献金 1,794,000円

主な支出

政治資金パーティー経費 17,237,367円

政治活動費に含まれる会費 2,534,000円
73件 平均 34,712円
(多数の代議士、自民党支部への支出)

神奈川県内の自民党支部などへの寄付 34,700,000円
18件 平均 1,927,777円

会合費(支出先の記載がある分) 9,577,135円
214件 平均 44,742円
会合費はいわゆるホテルや料亭の飲み食いのお金

甘山会
http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/seijishikin/contents/151127/1134200117.pdf



島尻安伊子 沖縄・北方担当大臣兼科学技術政策担当大臣兼宇宙政策担当大臣

収入 18,967,524 円 公開率96%

主な収入
自民党から交付金 12,000,000円

主な支出
政治活動費に含まれる会費
55件 平均20,890円 (多数の代議士、自民党支部への支出)

ちゅらの会
http://www.pref.okinawa.lg.jp/site/senkan_i/syushihoukoku/h26tekiyou/documents/358cyuranokai.pdf
自由民主党沖縄県参議院選挙区第二支部
http://www.pref.okinawa.lg.jp/site/senkan_i/syushihoukoku/h26tekiyou/documents/025jiyuuminsyutouokinawakensangiinsenkyokudainisibu_1.pdf



岡田克也 民進党代表

収入 102,532,894円 公開率4%

主な収入
政治資金パーティー、セミナー 98,224,266円

主な支出

ゴミ袋代 49,140円

旅行代 27,703,683円

政治活動費に含まれる会費 1,373,600円
20回 平均68,680円
(多数の代議士、民主党支部への支出)

会合費(支出先の記載がある分) 3,300,913円
105回 平均 31,437円
会合費はいわゆるホテルや料亭の飲み食いのお金

岡田かつや後援会
http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/seijishikin/contents/151127/1124000068.pdf



江田憲司 民進党代表代行

神奈川県選挙管理委員会は国会議員の政治資金収支報告書についてはネットでは未公開のため不明

憲政研究会
維新の党衆議院神奈川県第8選挙区支部
江田けんじフォーラム21



松野頼久 元維新の党代表

収入 68,295,021円 公開率57%

主な収入
日本維新の会から寄付 3,146,788円
日本維新の会国会議員団本部から寄付 3,600,000円
政治資金パーティー 28,530,000円 4回

主な支出

政治資金パーティー経費 3,152,364円

食事代(支出先の記載がある分) 1,704,524円
66回 平均25,826円
食事代はいわゆるホテルや料亭の飲み食いのお金

松野頼久へ寄付 6,000,000円

政治システム研究
http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/seijishikin/contents/151127/1259500044.pdf
維新の党衆議院熊本県第1選挙区支部
https://www.pref.kumamoto.jp/common/UploadFileOutput.ashx?c_id=3&id=12345&sub_id=1&flid=44904
松野頼久後援会
https://www.pref.kumamoto.jp/common/UploadFileOutput.ashx?c_id=3&id=12345&sub_id=1&flid=49829
税理士による松野頼久後援会
https://www.pref.kumamoto.jp/common/UploadFileOutput.ashx?c_id=3&id=12345&sub_id=1&flid=49840
望の会
https://www.pref.kumamoto.jp/common/UploadFileOutput.ashx?c_id=3&id=12345&sub_id=1&flid=49828




山口那津男 公明党代表

収入 10,620,949円 公開率100%

主な収入
公明党本部から寄付 8,200,000
団体献金 1,980,000円

新世紀政策研究会
http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/seijishikin/contents/151127/1196700013.pdf
公明党参議院東京選挙区第2総支部
http://www.senkyo.metro.tokyo.jp/uploads/koumei20151119-koumei002.pdf



吉田忠智 社会民主党党首

収入 15,429,196円 公開率40%

主な収入
政治資金パーティー 6,450,000円 1回
社民党から寄付 1,300,000円

吉田ただとも総合後援会
http://www.pref.oita.jp/uploaded/attachment/1013542.pdf
吉田忠智と共に歩む会
http://www.pref.oita.jp/uploaded/attachment/1013543.pdf



片山虎之助 おおさか維新の会共同代表

収入 41,330,774円 公開率97%

主な収入
維新の党本部から寄付 7,000,000円
日本維新の会から寄付 27,777,107円
個人献金 4,451,783円
団体献金 2,100,000円

維新の党参議院比例区第1支部(2014年当時)
http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/seijishikin/contents/151127/0010100016.pdf



橋下徹 前大阪市長
収入 43,132,478円 公開率 30%

主な収入
個人献金 9,814,000円
政治資金パーティー 29,155,000円 3回

主な支出
政治資金パーティー経費 11,814,846円

会合飲食代(支出先の記載がある分)3,220,208円 
26回 平均123,854円
(上記とは別に支出先の記載がない分)8,345,377円
会合飲食代はいわゆるホテルや料亭の飲み食いのお金

橋下徹へ選挙に係る寄付 4,000,000円

橋下徹後援会
http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/11318/00201672/26ha0178.pdf
大都市制度研究会
http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/11318/00201625/26kk0173.pdf

政策活動費
政策活動費は耳慣れない用語ですが、政党から政治家個人への寄付であり、その使途を公開しないでよいお金です。領収書のいらないお金といえば分かりやすいでしょう。

自民党
http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/seijishikin/contents/151127/00004011-05.pdf

石破茂 463,400,000円
伊達忠一 10,000,000円
佐藤勉 34,100,000円
河村健夫 13,000,000円
溝手顕正 39,100,000円
竹下亘 2,600,000円
野田聖子 2,200,000円
小池百合子 1,400,000円
高市早苗 4,300,000円
山口泰明 30,000,000円
谷垣禎一 859,500,000円
二階俊博 25,000,000円
高村正彦 25,000,000円
吉田博美 20,000,000円
茂木敏充 38,000,000円
稲田朋美 25,000,000円


総額 1,592,600,000円

民主党(2014年当時)
http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/seijishikin/contents/151127/0001005-2.pdf

小川敏夫 251,500,000円
羽田雄一郎 500,000円

総額 252,000,000円



 ざっと目を通した感想は、料亭やホテルでの飲み食いにたくさん使っていることです。料亭政治って政治資金で飲み食いすることだったんですね。政治資金も、企業の交際費(政治資金での呼び名は会合費や食事代)なみに課税すべきでしょう。現在の税制では、資本金1億円以下の中小企業は、飲食費のうち経費に勘定できるのは半額だけで、残り半額は課税されます(正確にはもう少し詳しいルールですが説明を割愛します)。

 安倍総理が総裁選決起集会で食べた3500円のカツカレーも政治資金からの支出だったのでしょう。庶民感覚からかけはなれていると批判がありましたが、政治資金で飲み食いすることの方が問題でしょう。2012年に安倍首相は、支出先の明記がある分だけで、179回、総額14,076,874円をホテルや料亭の飲み食いに会合費として支出しています。平均78,641円(参加人数不明)です。件の3500円のカツカレーは 、赤坂ホテルニューオータニのレストラン「SATSUKI」のものだと言われています。当時の安倍首相の政治資金収支報告書にその名前はありません。1万円未満の支出は報告書に明記しなくて良い(国会議員の場合。地方議員なら5万円未満)のです。記載がないのはそのためかもしれません。2012年の支出先不明の会合費は上記の分とは別に231,304円でした。

 また、大臣規範(国務大臣、副大臣及び大臣政務官規範)もおなざりにされています。「国民の疑惑を招きかねないような大規模な政治資金パーティーを自粛する」とあるのに、安倍首相も菅官房長官も政治資金パーティーで数千万円を集めています。甘利前経済財政政策担当大臣にいたっては、一億円越えです(2014年時点では現職です)。

 政策活動費は領収書のいらない政治家個人への寄付です。私服をこやしていても、誰にもわかりません。それが億単位の金額で乱費されています。収入数千万円程度の後援会の報告書をちまちま読みこむのが馬鹿らしくなります。税法上は、政治家個人が受け取った政治資金は雑所得になり、確定申告(収入を税務署に報告して納税額を決めること)が必要です。この時、政治活動のために支出した分は控除(税金がかからないこと)されます。

 政策活動費は党の収入から支出されます。そして、党の収入の半分以上は国民の税金である政党交付金です。それが億単位で政治家の懐に入るのです。寄付の使いみちを公開して、余った分は国庫に納付すべきでしょう(NPO法人だって解散時には余ったお金を国庫に納付しなけれまいけません)。

 安倍首相も2014年には政策活動費は受け取っていませんが、就任直後の2012年には2億5千万円を受け取っています。もちろん、個人のポケットに入るお金であり、収支の公表の必要はありません。政治資金がこのように政治家個人のポケットに入るのは問題でしょう。
■メルマガを購読する

アフィリエイト広告
author:taiga, category:メルマガ, 11:39
comments(0), trackbacks(0), pookmark